文学史・伝承・事典・その他


■「妖精図鑑 〜森と大地の精〜」

ピエール・デュボア 著//ロラン・サバティエ 絵/つじ かおり 訳(文渓堂)¥2,800
 下で紹介した「妖精図鑑 〜海と草原の精〜」の姉妹書。本書も,「洞窟や地中に住む妖精」,「森に住む妖精」,「荒野と丘に住む妖精」,「山の上の妖精」と,住んでいる場所ごとに分類されているのは同じ。妖精の「出身地」が全ヨーロッパにわたっているのも同じである。英国出身の妖精では,ダートムーアやエクスムーアに住むひょうきんな「ピクシー」,スコットランドに住む恐ろしいゴブリンの「赤帽子」,アイルランドなどに住む不気味な「骨食いおばけ」などの姿がおもしろい。


■「妖精図鑑 〜海と草原の精〜」

ピエール・デュボア 著//ロラン・サバティエ 絵/つじ かおり 訳(文渓堂)¥2,800
 読んでよし,見てよしの大型美麗本。原著はフランスで出版された本であるが,この本に収められている「海と草原の精」の「出身地」はフランスに限らず,イギリス,アイルランド,ドイツ,ベルギー,スカンジナビア諸国,ロシアと全ヨーロッパにわたっている。妖精は,「草原,畑,庭の妖精」,「家に住む妖精」,「池や川に住む妖精」,「海や海岸に住む妖精」と,住んでいる場所ごとに分類されている。基本的には一つの妖精に1ページが割り当てられ,特徴を捉えた絵に添えてその妖精の由来やエピソードが大きな字で,背丈,服装,食べもの,性質・習慣などが小さな字で説明されている。とくに重要な妖精には見開きの2ページが割かれている。妖精そのものの絵も秀逸だが,たっぷりと出てくる中世ヨーロッパの都市や農村の風景が雰囲気にあふれていてすばらしい。決して子どもの本ではないが,我が家の息子もおかしい姿形をした妖精を見て大喜び。昔の日本にはたくさんの妖怪がいたように,ヨーロッパにも昔は実にたくさんの妖精が住んでいた。この本に出てくる妖精を実際に見たらどんなだろうと想像しただけで楽しくなってくる。


■「いたずら妖精 ゴブリンの仲間たち」

ブライアン・フラウド 作・画/テリー・ジョーンズ 菟集・著作/井辻朱美 訳(東洋書林)¥2,300
 「ゴブリン」とは英国のファンタジーにはなくてはならない存在のいたずら好きで邪悪な妖精(もちろん例外はある)である。ジョージ・マクドナルドの「お姫さまとゴブリンの物語」には,地下に住み「鉱山の精」的な性格をもつ頑健なゴブリンが出てくる。やや「ハリー・ポッター」人気に便乗している感もあるが,本書の帯の宣伝文句にもあるように,ハリポタの「グリンゴッツ銀行の経営者」もたしかにゴブリンの仲間だ。ファンタジーの古典的名作から最新作に至るまで,ゴブリンが登場する作品は数多く,またゴブリンの種類も大変多い。
 本書は英国で1986年に出版された"THE GOBLIN COMPANION  A Field Guide to Goblins"を邦訳した日本で初めての「ゴブリン図鑑」である。図鑑といっても,もちろん虫や魚の図鑑とはわけが違う。問題になるのは,作者の想像力の豊かさ,センスのよさ,そして遊び心である。その点この本は実に楽しくユーモラスな本である。映画「ダーク・クリスタル」や「ラビリンス」の美術デザインを担当したブライアン・フラウドが描くゴブリンは,少しSF的,超時空的で,古典的なゴブリンのイメージからは遠いが,細部のデザインや配色にまでこだわった見事なものである。そして,ゴブリンの由来,習性,食べもの,武器などを遊び心いっぱいの文章で解説しているのが,テリー・ジョーンズ。彼はコメディー「モンティ・パイソン」の制作者にして出演者として著名であると同時に,「妖精コレクター・研究家」という別の肩書も持っているらしい。やはり英国は変人が多い国なのだ。ファンタジーがお好きな人,また人間の空想の世界に興味がある人に是非お薦めしたいオールカラーのユニークな図鑑。本書を読めば,ゴブリンに親近感がわき,必ずやお気に入りのゴブリンが一つや二つは見つかるだろう。


■「妖精とその仲間たち」

井村君江 著(ちくま文庫)¥720
 本書は,著者の井村氏が毎週一つずつ,全部で70種類もの英国およびアイルランドの妖精を紹介した新聞連載のコラムをまとめたものである。1話完結なのでどこから読んでもいいし,各話に挿入されている著者所蔵の妖精図版がとても楽しい。日本でも,妖精美術館がオープンしたり,妖精絵画展が各地で開かれるなど,妖精に対する関心が高まっているという。古いケルトの妖精が,明治以降超自然的なものを斥けてきた日本に住む人々の心をとらえているのだ。考えてみれば不思議なことである。この本は,妖精とさらに親しくなるための格好の案内書となっている。


■「ロビン・フッド物語」
上野美子 著(岩波新書)¥640
 英国ファンにはもちろんのこと,映画などで一般の日本人にもなじみの深いロビン・フッド。本書は,伝説の舞台「シャーウッドの森」紀行を序章として,中世のバラッドにはじめて登場したロビン・フッドがいかなる過程を経て,劇,音楽劇,児童文学,映画・アニメなどのヒーローになっていったかというプロセスを探る「ロビン・フッド文化史」ともいえる本である。ロビン・フッドにまつわる多様な話題はもちろんのこと,多くの貴重な歴史的図版が一層の興味をひく(残念ながら白黒だが)。しかし,アーサー王といいロビン・フッドといい,本当に実在したかどうかは別問題として,英国というのはつくづく歴史上のヒーローに恵まれた国であると思う。1997年にはニューヨークで第一回国際ロビン・フッド会議が開かれたらしい。ロビン・フッド人気はますます盛んなようである。ロビン・フッドにちなんだ昔の音楽を聴いてみたければ,NAXOS盤の「緑の森の木陰で −森にまつわる世俗音楽集」をどうぞ。


■「イギリス文学の旅  作家の故郷をたずねて・イングランド南部篇」
石原孝哉・市川 仁・内田武彦 著(丸善ブックス)¥1,800
 英文学が好きな人ならば,お気に入りの作家の故郷や執筆を行った家を「巡礼」してみたくなるのは自然な感情というものだ。その典型がシェイクスピアの聖地ストラトフォード・アポン・エイボンであることは言うまでもない。しかし,もちろんシェイクスピア以外にも英国の大作家は数多い。本書はイングランド南部に地域を絞って,作家ゆかりの地を訪ねる興味の尽きない文学紀行である。三人の著者はいずれも英文学者だけに,表面的な紀行に終わらず,時代背景や作家の隠れたエピソードまで話が及び,楽しい読み物となっている。
 全部で4章からなり第1章「ロンドンとその周辺」では,ジョン・キーツ,チャールズ・ラム,ウィリアム・ブレイク,ジェフリー・チョーサー,チャールズ・ディケンズ,アレグザンダー・ポープが,第2章「イングランド南西部」では,T・S・エリオット,ジェイン・オースティン,P・B・シェリー,トマス・ハーディが,第3章「イングランド南東部」では,クリストファー・マーロウ,ヴァーニジア・ウルフ,エドワード・ギボンが,第4章「中部」では,トマス・グレイ,ジョン・ミルトン,ジョン・バニャン,ジョン・ドライデン,ウィリアム・シェイクスピア,ジョージ・エリオットと,何と全部で19人もの作家・詩人が取り上げられていて,顔ぶれもかなり通好みであるのがお分かりいただけよう。

 嬉しいことにバースも結構登場する。チョーサーの「カンタベリー物語」中の有名な「バースの女房」,バースのシドニー・プレイス4番地に住んだ大女流作家ジェイン・オースティン,バースのローマンペイヴメント4番地にメアリー夫人と住んだロマン派の大詩人P・B・シェリー…。各作家ごとに「巡礼図」が付いているので,実際の旅行にも便利である。

■「西洋の3大インテリジェンスをのみこむ本」

滝沢正彦 監(東京書籍)¥1,700
 これはタイトルや本のカバーから想像されるようなミーハーな本ではなく,内容的に相当突っ込んだことまで述べられている一種のハンドブックである。しかし,本の性格上もちろん読み物として気楽に読める構成となっている。1つの項目は見開き2ページで説明されている。本書での「西洋の3大インテリジェンス」とは,ギリシア・ローマ神話,聖書,シェイクスピアである。3つめのシェイクスピアは,近代ヨーロッパの「知性」に最も刺激を与えたという観点から選ばれている。私の興味は,もちろんシェイクスピア。代表的な作品の解説や有名台詞の他に,シェイクスピアの両親,経歴,人間関係,当時の舞台・出版業界などにも項目が割かれていて,なかなか充実している。


■「奇想天外・英文学講義」

高山 宏 著(講談社選書メチエ)¥1,600
 英文学の作家やその作品の「裏話」的話題が好きな人にはこたえられない本。ありきたりの文学論には飽きた人にも必ずや新しい発見があるだろう。本書は7章構成で,話題も一応エリザベス朝からヴィクトリア朝世紀末へと時代順になっているが,どこから読んでもいい。キーワードは,薔薇十字団,観相学,オカルティズム,怪物学とグロテスクなどなど。著者のあらゆる方面にわたる博学と視点の新しさが,まさに「超」英文学講義を生んだ。


■「英国鉄道文学」

小池 滋 著(ちくま文庫)¥760
 ヴィクトリア朝文学と英国鉄道史の両方に通暁している小池氏だからこそ著せた本。アンソロジーだけに長編小説はないけれども,内容はエッセイ,小説,詩とバラエティに富んでいる。作者の顔ぶれを見ると,ディケンズ,ロレンス,ハーディー,バーンズ,ワーズワース,エリオット…と,鉄道に関連した作品を残した一流の作家・詩人がこんなにも多かったのかと感心する。さすがは鉄道発祥の国である。


■「イギリス文学散歩」

和田久士写真/浜 なつ子 文(小学館)¥1,500
 小学館Shotor Museumシリーズの一冊。ワーズワース,E・ブロンテ,ディケンズ,オースティン,シェイクスピア,チョーサーなどなど15人の代表的な英国作家ゆかりの地を紹介している。美しい写真と詳細な解説に惹かれて私たちもいくつかの場所を英国滞在中に訪ねた。好きな作家のふるさとを訪ねると,その作家が一層身近に感じられてくる。英文学に興味がある人や英国の町を訪ね歩くのが好きな人にお薦めしたい一冊。



■「とびきりお茶目なイギリス文学史」

テランス・ディックス 著/尾崎 寔 訳(ちくま書房)¥2,300
 「おもしろおかしく文学しよう! 型やぶりイギリス文学入門」という宣伝が帯にあるように,堅く無味乾燥になりがちな文学史を笑いながら読ませる本。もともとは英国のティーンエイジャーを対象に書かれた本だけに平易であるが,決して内容を落としてはいない。有名な詩などそのまま引用している。ユーモラスな挿絵と軽妙な尾崎氏の訳が一層おもしろさを増している。例えば,隣のピックウィックさんの先祖がモデルになっているディケンズの「ピックウィック・ペイパーズ」の項では,「…これは親切で金があり,変わり者の老人が,地方を歩きまわってはゴタゴタに巻き込まれ,絶えず口のうまいジングル氏にしてやられるという話。」という調子。


■「マザー・グースを口ずさんで −英国童謡散歩−」

鷲津名都江 監・文(求龍堂)\2,816
 マザー・グースは日本でもよく知られている英国の童謡である。英国では,ちょっと大きい本屋ならばどこにでもマザー・グースあるいは童謡に関するきれいな絵入りの本が売っている。私が英国で求めた本もユーモラスなハンプティ・ダンプティの絵が載っている。日本ではマザー・グースの本はむしろ大人向きの本として出ている。この豪華な大型本は,カラーの写真や図版を多数用いてマザー・グースの故郷を訪ねている。たかが子供の歌と馬鹿にするなかれ。それぞれの歌には古いいわれや,興味深い歴史的事実,さらには面白い謎解きが隠されている。


■「マザーグース英国旅行」

宮崎照代 文・絵(白泉社)¥1,553
 イラストレーター,絵本作家として活躍している著者が,マザーグースのよく知られた歌を選び,それにイラストをつけたビジュアルブック。幻想的で細密・濃密な画風が独特の世界へと読者を誘う。


■「まざあ・ぐうす」

北原白秋 著(角川クラシックス)¥485
 ナンセンス,なぞなぞ,風刺など様々な要素を含むマザーグースを詩人北原白秋が愛を込めて子供たちのために訳した古典的名著。残酷で陽気で無邪気で自由奔放なマザーグースの魅力が伝わる。英語のリズムを完全に日本語に移すことは難しかろうが,大詩人だけに日本語の魅力を最大限に生かしている。


■「イギリス怪奇探訪」

出口保夫 著(PHP研究所)¥505
 出口氏の著作の中ではかなり異色の一冊。魔女,妖精,亡霊などが登場する英国の伝承に興味がある人には面白い一冊。


■「妖精の国の住民」

キャサリン・メアリ・ブリッグズ 著(ちくま文庫)\730
 著者はケルトの「妖精」学の大家。英国には太古のケルト文化が色濃く残っており,それに触発されて素晴らしいファンタジーや詩を生み出した作家・詩人も多い。英国文化のインスピレーションの一つの源を知ることができる好著。


■「ケルト神話と中世騎士物語」

田中仁彦 著(中公新書)¥720
 「ケルト文化」に興味がある人必見の好著。ケルトの歴史から説き起こし,ケルト神話成立の過程,その独自性,そしてそれがどのように「アーサー王物語」へと変貌していったかを,「他界」というキーワードを軸に明らかにしていく。


■「英語聖書のことば」

船戸英夫 著(岩波ジュニア新書)¥583
 英国の新聞や文学作品にもよく引用される旧・新約聖書の名句を90取り上げたものである。そういえば,Chedder(チェダ―チーズの産地として有名)の峡谷には,Jacob's Ladder(ヤコブのはしご)という峡谷を登るアトラクションがあった。


■「ことばのロマンス 英語の起源」

ウィークリー 著/寺澤芳雄・出淵 博 訳(岩波文庫)¥699
 本書は高度に専門的な語源情報を収録した事典というより,一般的な読者に英語の語源を,有名作家の作品からの引用なども交えて分かりやすく解説した読み物。例えば,steward(執事)は元々は「豚小屋の番人」といった具合。この著者,あの有名作家D・Hロレンスに奥さんを取られた人と聞くと,気の毒なまじめ学者のイメージが湧いてくる。


■「英語の語源」

渡辺昇一 著(講談社現代新書)¥390
 身近な単語の語源を探りながら,西洋文化の深層にまで迫っていく。例えば,「女性」はドイツ語ではWeibと言い,英語の「妻(wife)」と同じ語源らしいが,なぜか中性名詞である。これはなぜか?花嫁は布に包まれていて「包まれた(もの)」として中性とみなされるからという。このエピソードから発展して,女性と男性の帽子の役割,ベールの意味にまで話が及び興味深い。