音楽


■「エドワード・エルガー 希望と栄光の国」
水越健一 著(武田書店)¥2,000
 英国にあるエルガー協会の会員である水越健一氏が,英国近代最大の作曲家エルガーのすばらしい本を出した。もちろん,全編エルガーに関する情報でぎっしりの本であるが,これは決して一部の英国音楽オタク向きに書かれた本ではない。エルガーという人物そのものに興味がある人,日本ではまだまだ知名度が低いエルガーの音楽をこれから聴いてみようと考えている人,エルガーゆかりの美しいカントリーサイドを訪ねて見たい人すべてにとって的確かつコンパクトなガイドとなっている。私自身,ウースターにあるエルガーの生家博物館は訪れたが,いつかウースターやその近郊のモールヴァンにあるエルガーゆかりの史跡を田園風景を楽しみながらゆっくり巡ってみたいものである。



■「ビートルズ」

和久井光司 著(講談社選書メチエ)¥1,600
 新刊としては久しぶりに出た本格的なビートルズ評論書である。ジュリアス・ファストの「ビートルズ」がビートルズと同時代人の「証言」であるとすれば,本書はビートルズ解散30年後の目で見たビートルズの「再検証」である。著者が本書で新たに主張したかったことの第一が,ビートルズのメンバーと音楽の「ケルト性」であることは,第1章が「アイリッシュの街,リヴァプール」に始まり,すぐその後に「ケルト民族」という一見歴史書のような見出しが続くことからも明らかである。著者のビートルズ観はすでに序文に述べられている。「ビートルズの音楽は,アイルランド移民の子孫である彼らの血の中にある”ケルト性”と,20世紀のポピュラー音楽の方向性を決定づけた”アメリカに根づいた黒人音楽”が,理想的な形で融合されたものだ。」と。なるほど,U2やエンヤの人気が出るずっと前に「ケルト」に根を持つ文化が世界を席巻していたわけである。イングランド人は素直に認めたくないかもしれないが…。他にもこの本を読んで教えられることは多い。4人が何をどのように考えながら演奏,録音を行っていったか,またジョンとポールの対立の本質は何か等々。英訳して英国で出版しても少しもおかしくない本と思う。ビートルズに少しでも興味を持ち,その音楽を愛する人にとって必読書といってよかろう。


■「ルネサンスの音楽家たち I」

今谷和徳 著(東京書籍)¥2,800
 近年急速にCDの数が増えているルネサンス時代の音楽であるが,その時代の代表的作曲家でさえ,生涯,エピソード,作品の全貌などはほとんど一般に知られていない。たとえばルネサンスを代表するように言われているフランドル楽派最大の作曲家ジョスカン・デ・プレでさえ,その生涯は謎に包まれている。本書は初期〜盛期ルネサンスに活躍した6人の作曲家,ギョーム・デュファイ,ヨハンネス・オケゲム,ジョスカン・デ・プレ,ハインリヒ・イザーク,クレマン・ジャヌカン,トマス・タリスについての本格的な評伝と作品解説。英国の音楽・歴史に関心のある人ならば,トマス・タリスの生きた波乱万丈の時代はわくわくするほどおもしろいだろう。なにせタリスは長生きしたので生涯に何人もの王に仕えている。巻末の「全作品解説」が本書の資料としての価値も高めている。



■「ルネサンスの音楽家たち II」

今谷和徳 著(東京書籍)¥3,000
 「ルネサンスの音楽家たち I」に続く本書には,盛期〜後期ルネサンスの6人の作曲家,すなわちジョバンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ,オルランドゥス・ラッスス,ウィリアム・バード,トマス・ルイス・デ・ビクトリア,カルロ・ジェズアルド,ジョン・ダウランドが登場。著者の今谷氏はとくに英国びいきの研究者ではないが,6人のうち英国人の作曲家が2人(バードとダウランド)も入っていることからも,ルネサンスが英国音楽の一つの黄金期であることは間違いない。タリスに続くバードとダウランドの生きた時代も社会的・宗教的に激動の時代で,2人の生涯も決して平坦ではない。それだからこそ,この時代の英国はすべてがおもしろいのではないだろうか。ダウランドの抒情溢れるリュート・ソングが好きな人にも,バードの心洗われる宗教曲が好きな人にも価値のある本だろう。



■「中世・ルネサンスの音楽」

皆川達夫 著(講談社現代新書)¥631
 下の「バロック音楽」と併せ,手頃な古楽入門として最適の書。日本の古楽研究のパイオニアである皆川氏は「学者」であるが,決して堅苦しい内容ではなく,氏の率直な感想・意見がおもしろい。随分前に書かれた本であるが,その新鮮さは失われていない。英国に関しては,「キャロルを生んだイギリス音楽」と「<涙のパヴァーヌ>を生み出した国」という項で,それぞれ中世とルネサンスの教会・世俗音楽が概説されている。


■「バロック音楽」

皆川達夫 著(講談社現代新書)¥700
 上の「中世・ルネサンスの音楽」より一層楽しく気楽に読める入門書。章を「国別」に分け,イギリスが誇るパーセルは「革命と音楽の運命」という章で登場する。ここで,皆川氏は「パーセルのディドーとエネアスを聴くと不覚にも涙を禁じ得ない。」という話を披露している。


■「室内楽の歴史」

中村孝義 著(東京書籍)¥2,621
 バロックから現代に至る室内楽の歴史を包括的に述べた大著。しかし,学問臭はほとんど感じさせず,非常に読みやすい。残念ながら近現代のイギリスの室内楽についてはページが割かれていないが,バロックではヴィオールのファンタジーなど,パーセルの室内楽が紹介されている。巻末にお奨めCDガイド付。


■「ガイドブック音楽と美術の旅 イギリス」

海老沢 敏・稲生 永 監修(音楽之友社)¥2,700
 多数のカラー写真を使い,イギリス各地の劇場,ホール,オーケストラ,美術館,音楽祭などを詳しく紹介。巻末にかなり詳しいトラベル・インフォメーションもある。英国でコンサートを聴いたり美術館を巡る人には格好のガイドとなるだろう。私がBath滞在中に行けなくて残念だった「Bath International Music Festival」まで載っている。ただし,本書のイントロダクションにおける「…音楽や美術の創造にこそ天才が輩出しなかったものの,「大陸」の多くの音楽や画家を庇護し…音楽や美術を安全に享受できる国をつくったのである。」という英文学者小野寺健氏の解説だけには断固として異を唱えなければならぬ。



■「ビートルズに負けない近代・現代英国音楽入門 お薦めCDガイド付き」

山尾敦史 著(音楽之友社)¥980
 ブリティッシュ・ロック,特にビートルズやローリング・ストーンズの本はたくさん出ているけれども,イギリスの近現代のクラシック音楽だけに焦点を絞って書かれた本といえば,日本ではこれが唯一の本であろう。プロローグに書かれた「…1冊でも案内役になる本があれば,もっとたくさんの英国音楽ファンを増やせるのではないかと考えていたのです。」という著者の英国音楽に対する熱い思いが結実した力作。CDガイドが詳しく,この本を渡英前に手に入れていれば,もっと向こうで色々な英国人作曲家の作品に接することが出来たかもしれない…と思うと,ちょっと残念。



■「ロックミュージック進化論」

渋谷陽一 著(日本放送出版協会)¥800
 これは私がブリティッシュ・ロックに熱を上げていた高校時代に繰り返し読んだ思い入れの強い本である。初版はロックの全盛期が去りつつあった1980年2月。この本の後にも渋谷氏はロック史に関した本を何冊も出しているし,ロックシーンについて活発な発言をずっと続けてきているが,レッド・ツェッペリン,ピンク・フロイドといったカリスマ的バンドがまだ現役の「同時代」に書かれた評論として,またビートルズやドアーズの記憶がまだ人々の記憶に新しい時代に書かれた評論として,私には今読んでも実におもしろい。本のカバーにあげられた4枚のLPジャケットの写真,「ドアーズ」,「レッド・ツェッペリン」,「キング・クリムゾン」,「セックス・ピストルズ」がロックの黄金時代を象徴する。著者は60〜70年代にかけてのロックの「歴史」を体系的・論理的に概観しようとする。サイケデリック・ミュージック,ハードロック,プログレッシブロック,グラムロック,パンクロック等々今では「死語」になってしまったロック用語が次々に登場する。最後に80年代に向けたロックの未来が語られるが,残念ながらロックミュージックが80年以後に技術的な面は別として,音楽的内容の点で「進化」したと考える人はいったいどれだけいるだろうか。人々の記憶にずっと残るようなバンドが21世紀になって新たに登場するだろうか。しかし,私自身はロックの「行き詰まり」的状況を少しも悲観してはいない。クラシック音楽と同じで,ロックでも古い新しいにかかわらず自分の好きな曲を見つけて楽しめばいいと思うからだ。最近私の子どもがクイーンの「歴史的」名曲を楽しむようになってきた。それだけで私には十分嬉しい。


■「音楽が終わった後に」

渋谷陽一 著(ロッキング・オン)¥880
 ロック評論に新領域を開拓した渋谷陽一氏が氏の主宰するロック雑誌「ロッキング・オン」に1973〜1979年に書いた評論をセレクトした自選集。キング・クリムゾン,レッド・ツェッペリン,クイーンらブリティッシュ・ロックの黄金時代を支えたグループが次々と登場する。これらのグループの曲が昨今のTVのCM曲にもしばしば登場するのはご存知の通り。ちなみに上の3グループで私の好きな曲は,順に「エピタフ」,「天国への階段」,「ボヘミアン・ラプソディー」(これじゃメジャーすぎるか)。皆さんはどうでしょうか。


■「ロック微分法」

渋谷陽一 著(ロッキング・オン)¥980
 1978年以降1982年までに発表された「音楽が終わった後に」に続く第二評論集。この評論集では渋谷氏の鋭く厳しい舌鋒が冴える。「ジョン・レノン事件に関する報道のほとんどはゴミじゃ」のように,無自覚なマス・メディアに対して痛烈な批判が浴びせかけられる。しかし,「事件」から20年がたち,結局「歴史」に残るのは事件そのものではなく,それに対する評論でもなく,ジョンの残した不滅の音楽だけであるということがますます明らかになってきたのではないだろうか。TV CMに使われている「イマジン」を聴いてそんなことを考えた。


■「パンクライナーノート」

森脇美貴夫 著(JICC出版局)¥980
 「ピストルズからディスチャーチまで」という副題がついている本書は1977年から1984年までにリリースされた(主にブリティッシュ)パンクのアルバムについて綴ったノートである。最も新しいアルバムでさえ15年以上前のものだから,その多くが「時間」という最も厳しい試練に耐え切れず,すっかり忘れ去られてしまっているのは当然のことだ。しかし,セックス・ピストルズ唯一のオリジナル・アルバム「勝手にしやがれ」のLPを高校のときにちょっと気恥ずかしい思いをしながら聴いたときのショックは忘れることができない。「アナーキー・イン・ザ・U.K.」や「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」の歌詞の過激さは高校生の私にも何となく理解できた。そのときの私は知らなかったが,今改めて考えみると,王室に関する発言・報道のタブーがゆるやかで,少々の問題発言では全然騒がれない英国でさえ,レコードを置くことを拒否するレコード店が続出したというのだから,英国でも滅多にない社会的大事件だったわけだ。ピストルズのアルバムが世に出てから20年余り。良くも悪くも英国の政治・社会状況は大きく変わった。しかしピストルズの残したメッセージは不滅である。「70年代のロックにとって最も重要なアルバムの1枚になることウケアイのアルバム。ロックの歴史を変えたといって決して過言でないアルバム。」という森脇氏の当時の言葉がこのアルバムの価値をすべて物語っている。


■「ビートルズ」

ジュリアス・ファスト 著/池 央耿 訳(角川文庫)¥420
 原著はビートルズがまだ現役だった1968年にニューヨークの社会学者・ジャーナリストであったジュリアス・ファストの「The Beatles」。「解散」した後のビートルズではなく,「活動」中のビートルズに対する本格的評伝として,今やこの本も歴史的・資料的価値を持つに至った。会話体で語られる4人のメンバーや関係者の様々な「証言」が当時の社会的熱気を生き生きと伝えてくれる。