ローズマリ・サトクリフ


アーサー王と円卓の騎士
ローズマリ・サトクリフ 作/山本史郎 訳(原書房)¥1,800

 2000年末の「ケルトの白馬」に続き,またまたサトクリフの新刊が出た。今度の「アーサー王と円卓の騎士」は400ページ余り,読み応え十分の長編。サトクリフ・ファンにとっては嬉しい悲鳴が続く。およそ英国の歴史やケルトの伝説に興味を持つ人ならば,
「アーサー王伝説」に心惹かれない人はいないだろう。昔から現代に至るまで,伝説のブリテン王アーサーと円卓の騎士,そして魔術師マリーンをめぐる物語は,英国ばかりでなくフランスやドイツの詩人・作家によって繰り返し語られてきた。
 著者自身が本書のあとがきで述べているように,サトクリフが自らの「アーサー王物語」を書くにあたって底本としたのは,15世紀後半サー・トマス・マロリーによって書かれた「アーサー王の死」である。しかし,昔々の物語を元にしながらも,アーサー王,王妃グウィネヴィア,騎士ランスロットの三角関係における三人の心理の深い追求など,小説としての新しいテーマを設定し,昔の伝承にとらわれず自由なイマジネーションを飛翔させるところは,サトクリフの面目躍如たるものがある。この点で,本書はカバーにあるように,まさしく「サトクリフ・オリジナル」なのである。人物描写ばかりでなく,当時の自然や社会・風俗の描写も精彩に富み,古代ブリテン島の情景と,そこに生きた個性豊かな人間達の姿が生き生きと蘇ってくる。ストーリーの大きな流れから言えば,サトクリフの「アーサー王物語」三部作の第一巻である本書は,ブリテン王となったアーサーが,魔術師マーリンや,アーサーの元に集まってくる勇敢な騎士たちの助けを借りて宿敵サクソン人を撃退し,「円卓の騎士団」と共に比類なき繁栄を誇る宮廷(キャメロット城)を築くところまでを描いている。終わりの方で登場する聖杯の騎士パーシヴァルは,第二巻以降の物語を語る上できわめて暗示的である。このような安定はそう長く続かない,しかも,それはアーサーや騎士たちが悪いのではなく,人間にはどうしようもない大きな抗いがたい力によってそうなるのだという予兆が感じられて第一巻が終わるのである。人間の力を超越した「聖杯」こそ,その人知を超えた大きな力の象徴なのだ。


アーサー王と聖杯の物語
ローズマリ・サトクリフ 作/山本史郎 訳(原書房)¥1,600

 いにしえの予言によると,イエス・キリストが最後の晩餐で葡萄酒を入れた「聖杯」には,世に最高の騎士のみが近づけるといわれていた。円卓の騎士たちは,聖杯を求める冒険の旅に出ていくが,その多くは命を落としたり傷ついたりして還ることがなく,せっかくの「円卓の騎士団」も崩壊してしまう。聖杯を求める旅に成功したのは「世に最高の騎士」ランスロットではなく,彼の息子のガラハッドであった。ランスロットが聖杯探求の旅に失敗するのは,王妃グウィネヴィアへのきわめて人間的な恋心のゆえだった。対照的に「人間的な邪念」をもたず,武芸,精神共に優れたガラハッドは聖杯の神秘に与った後,パーシヴァルの腕に抱かれながら息絶える。理想の騎士である息子のガラハッドと,武勇に優れながらも人間的な弱みをもつ父のランスロット。どちらか一方だけでなく,この二人が両方いるからこそ,サトクリフの「聖杯物語」は神秘的で気高い輝きを放つと同時に,きわめて人間的な苦しみと葛藤に満ちた,重層的で厚みのあるドラマとなり得たのではないだろうか。その意味で,この第二巻は「神の愛と人間の愛」を描いた物語ともいえるだろう。


アーサー王最後の戦い
ローズマリ・サトクリフ 作/山本史郎 訳(原書房)¥1,600

 完結編である第三部は,アーサーの王国が破滅へと至る悲劇を描いた物語である。アーサーの王国を破滅させたのは,直接的には,アーサーを憎む姉モルゴースが出自を隠してアーサーとの間にもうけた息子モルドレッドが企てた悪計である。しかし,その伏線となっているのは,ここでも湖の騎士ランスロットと王妃グウィネヴィアとの許されざる恋である。第三部を読みながら,悪人モルドレッドの企みと行動に憤懣やるかたない怒りを覚える人は多いだろう(これはサトクリフの筆の力によるところも大きい)。偉大な王アーサーと,「世に最高の騎士」ランスロットが一人の男の憎しみと邪悪な企みのためになぜ破滅しなければならなかったのか。ここにあるのは,善い者が最後には幸福を得るという安易な勧善懲悪のドラマではなく,人間の心の深淵をありのまま描き出したリアリズムのドラマである。アーサーも,ランスロットも,モルドレッドも,キャラクターの善悪にかかわらず,心に強く深い思いをいだいているという点では同じである。だからこそ,物語の進行には,これ以上考えられないほどの迫真性・真実味が備わって胸を打つのだ。物語の最後では,「闇のむこう側の人たちが,われわれのことを思い出してくれるほどの,黄金の輝きを,われわれは生み出したのではありませんか。」というランスロットが昔語ったという言葉が思い起こされる。サトクリフは,自身の「アーサー王物語」に対する揺るぎない自負と愛着を,最後に騎士ランスロットに託して私たちに伝えたかったのではないだろうか。


ケルトの白馬
ローズマリー・サトクリフ 作/灰島かり 訳(ほるぷ出版)¥1,400

 「ともしびをかかげて」でカーネギー章を受賞した英国最高の女流児童文学作家サトクリフは,その雄大で骨太の歴史ファンタジーで日本でも多くのファンを持つ。彼女の手にかかれば,歴史の中にうずもれてしまったはるか昔の出来事も生き生きとした見事な躍動感をもって現代によみがえってくる。本書はサトクリフ・ファンにとって嬉しい新刊である。「ケルトの白馬」とは,オックスフォードから30キロほど離れたバークシャーのアフィントンという小さな村近くの丘陵地帯に描かれた巨大な白馬の地上絵のことである。本のカバーはこの地上絵を上空から見た写真である。サトクリフの類まれな想像力は,誰が何のためにこの巨大な「白馬」を描いたのかという誰もが持つ疑問に対する素晴らしい答を与えてくれた。代表作の三部作「第九軍団のワシ」,「銀の枝」,「ともしびをかかげて」をすでに読んだサトクリフ・ファンにはもちろんのこと,まだサトクリフを読んだことのない人や,とにかくケルトに興味がある人にもこの珠玉の歴史ファンタジーを強く薦めたい。


小犬のピピン
ローズマリ・サトクリフ 作/猪熊葉子 訳(岩波書店)¥1,200

 岩波書店から久々に復刊された「小犬のピピン」は大歴史小説家サトクリフの人間的な暖かさを感じさせる一冊。彼女は大の犬好きとして有名だった。この作品に登場するチワワのピピンと飼い主のマミーとの交流には,心から犬を愛し,慈しんだ作者の優しさがにじみ出ている。
 しかしながら,8才になったピピンは11月のある日死んでしまう。不思議なことに,飼い主であるマミーは,ピピンが必ず戻ってくると信じている。そして彼女は,想像力の力でピピンが再び戻ってくるときのために道を開けておくのである。一方死んでしまったピピンは光と喜びと歌の満ち溢れた天国の門にたどり着くが,そこに留まることを喜ばず,マミーのところに戻ることだけを望む。飼い主と飼い犬なんていう関係ではなく,マミーとピピンはお互いに「愛」によって深く結びついている。二人は違った場所で再び会えることを信じて疑わない。(ピピンは臆病で怖がりだったが,マミーと再会するためにはどんな危険でも耐えることができるのだ!)
 果たして彼らは再び会うことができるのだが,ここは読者が最高の満足感を感じる場面である。天国でもらった聖フランチェスコの祝福の跡がある生まれ変わったピピンとマミーとの,再び始まるであろう幸福に満ちた生活を望まない人がいるだろうか。それにしても,キリスト教社会でも輪廻転生の思想があるのですね!