世界3大仏教群のバガンです。興味深々です。

しかし、本当にすごい規模でした。

 
 
シュエズィーゴン・パゴダは、ビルマ族の進出前からパガンに居住していたピュー族の文化とパガン王朝によって征服されたタトゥン王国(英語版)のモン族の文化が融合する初期の建築物に位置付けられる。
1059年にアノーヤターによって起工され、土台は完成したもののアノーヤターの死によってパゴダの建立は中止される。チャンシッターの治世に工事が再開され
、パガン近郊のツゥン・ウィン山の石材を使用してパゴダが建てられ、1090年に完成する。チャンシッターによって奉納された2つのモン語の碑文は、碑文堂に保管されている。

16世紀にタウングー王朝のバインナウンによって大規模な修復工事が実施され、2つの梵鐘が奉納された。18世紀末にコンバウン王朝のシンビューシンにより、
2度目の大規模な修復工事が行われた。この時にシンビューシンによってパゴダの頂上に金色の傘蓋(ティ)が載せられたが、1975年に起きた地震によってティは外れてしまい、
境内東の建物に保管されるようになった。


仏塔東側の階段下の地面には柵に囲まれた窪みがある。ここには水が張られており、窪みに拝んだ際に水面に仏塔が見れれば天国へ。見えなければ地獄へ行くと信じられている。

 
   
 
 
 
アーナンダ寺院は、バガン遺跡を代表する最大の寺院遺跡である。上座部仏教(小乗仏教)を導入し、ミャンマー族最初の統一国家を築いたバガン朝の第3代の王チャンスィッターによって、
11世紀末〜12世紀初頭に建設された。白亜の寺院の内部には、4つの仏像が安置され、釈迦(仏陀)の生涯を描いた80点の浮き彫りがある。
 
   
 
 
 
ミャンマー中央部、バガン(Bagan)にある仏教遺跡群の中で、最も大きな寺院。高さ45mの伽藍(がらん)の、弓形の切妻(きりづま)壁に施された石膏彫刻が有名である。
バガン王朝のナンダウンミャー(Nandaungmya Min)王が、13世紀初めに王位継承者に選ばれたことを記念して建てられたといわれている。ナンダウンミャーの父王は、
王位継承者を選ぶ際に、5人の王子の中から、傘が倒れた方向に座っていたナンダウンミャーを王位継承者に選んだという言い伝えが残っている。
 
               
 
 
 
螺旋状の円錐塔を載せた5基それぞれに美しい壁画が残されており、使用している壁画から「黄色の寺院」「緑の寺院」と呼べれている。
 
   
 
 

1059年にアノーヤター王によって建立された。川岸にあるため、王朝の最盛期には、航行の目印として使われ、ヤカイン地方をはじめ
遠くはセイロンからも交易船がやってきたという。

 
       
 
 
 
マヌーハ」は、同国南部のタトゥンにいたモン人の王の名前である。バガン王朝を建てたアノーヤター王は、この地を攻め、マヌーハ王を捕虜として連行し、
この地に幽閉した。のちにマヌーハは赦(ゆる)され、所有していた財宝を売り払って、1059年にこの寺院を建てた。
寺院の内部には、3体の座仏と1体の寝釈迦(涅槃仏(ねはんぶつ))が安置されている。
 
   
 
 
 
12世紀半ば、パガン朝第4代王アラウンシードゥーにより建立。細かい彫刻が施された屋根をもち、
中央に金箔で覆われた塔がある。高さ61メートルあり、バガンで最も高い。
 
   
 
 
 
「アーナンダよりも大きく美しい」という王命により建立れたバガン最大の寺院。
基壇一辺の長さ約78メートルというバガンの中で最大規模の寺院です。1170年、パガン王朝第5代ナラトゥー(Narathu)王のもと建設が始められました。
しかし、途中で工事は中止され、ダマヤンジー寺院は未完成のままとなってしまったのです。
 
   
 
 
 
バガンの有名な夕日スポット。残念ですが、綺麗に見れず。やはり乾季に来ないと厳しいですね。
 
         
 
 
 
バガンエリアのマーケットです。
 
   
 
 
 

ミャンマーの伝統的な操り人形のショーが見られる高級レストラン。
ショー開園は、19:15分から。上演時間は、45分。
 
   
 
 
酷暑のバガン観光。遺跡やパヤーは、土足厳禁。裸足で歩くので、日中は、熱くて歩くことができません。
やはり、お勧めは乾季ですね。