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「慰安婦」関係訴訟判決
- 韓国・遺族会 元「慰安婦」、軍人軍属、遺族判決 2001.3.26(東京地裁)
- 在日元「慰安婦」控訴審判決(東京高裁)2000.11.30.(東京高裁)
- フィリピン元「慰安婦」控訴審判決(東京高裁)2000.12.6.(東京高裁)
- 釜山元「慰安婦」・女子勤労挺身隊裁判(広島高裁)2001.3.29.
- フィリピン元「従軍慰安婦」判決(1998年10月9日)
- オランダ元「慰安婦」関係判決(1998年11月31日)
- 関釜・元「従軍慰安婦」判決(1998年4月27日)
- 在日元「従軍慰安婦」判決(1999年10月1日)
フィリピン人元「従軍慰安婦」
補償請求訴訟判決(1998年10月9日)
判決要旨
判決言渡し 平成一〇年一〇月九日午前一〇時〇〇分
東京地方裁判所民事第一五部 裁判長裁判官市川頼明 裁判官田中敦 裁判官岩井直幸平成五年(ワ)第五九六六号、同年(ワ)第一七五七五号補償請求事件
原告 マリア・ロサ・ルナ・ヘンソン外四五名
被告 国主文
一、 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二、 訴訟費用は原告らの負担とする。事実及び理由
第一 事実の概要
本件は、フィリピン国籍を有する女性である原告らが、いわゆる第二次世界大戦当時、フィリピン国内において、進駐してきた日本国の軍隊(以下「日本軍」という。)の兵士らから、暴行、監禁及び強姦等の被害を受け著しい精神的苦痛を被ったとして、被告である日本国に対し、原告一人につき二〇〇〇万円(合計九億二〇〇〇万円)の損害賠償を請求した事案である。
原告らは、右請求の根拠として、国際慣習法に基づく損害賠償請求権、「人道に対する罪」違反に基づく損害賠償請求権、フィリピン国内法に基づく損害賠償請求権及びC日本の民法に基づく損害賠償請求権を主張し、被告はこれらをいずれも主張自体理由がないとして争っている。また、原告らの被害事実の有無及び損害額も争点となっている。第二 当裁判所の判断
原告らは、第二次世界大戦中の一九四二年から一九四四年ごろまでの間に、フィリピンを占領した日本軍の構成員らによって、暴行、監禁、強姦等の著しい被害を受けた旨主張しており、原告らの各陳述書や各本人尋問の結果は、いずれも、右主張事実にそう内容となっている。しかしながら、本件においては、原告らの主張する損害賠償請求権の有無自体に争いがあるので、先に、これについて判断する。一 国際慣習法に基づく請求について
1 国際慣習法の成立要件等
国際慣習法とは、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」をいうと解されるところ、これが成立するためには、諸国家の行為の積み重ね(国家実行)を通じて一定の国際慣行(一般慣行)が成立していること及びそれを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在することが必要である。そして、国際法は、国家と他の国家との関係を規律する法であるから、一般に個人が国際法上の法主体性を有するものではなく、国際法が個人の生命、身体、財産等の個人的利益を保護しようとする場合にも、国家に対し個人の権利、利益を侵害してはならないとの義務を課しつつ、その義務の違反行為に対しては、被害を受けた個人の属する国家が外交保護権を行使して被害を与えた他の国家に対しその個人の損害賠償を請求するという方法によって、間接的に被害者の救済を図ることを予定しているものである。したがって、個人がその所属する国以外の国家に対し権利侵害による被害回復を直接求めるには、これを認める特別の国際法規範が存在しなければならない。
2 条約三条の意義
ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則の各規定の趣旨や前記の国際法の一般原則などに鑑みると、ハーグ陸戦条約三条に規定された賠償責任は、軍隊及びその構成員にハーグ陸戦規則を遵守させる目的の下に、右規則違反の行為を行った軍隊及びその構成員の所属する交戦国に対する制裁として定められたものであり、交戦団が、被害を被った個人の所属する国家に対して負うべき国家間の賠償責任であって、それ以上に、ハーグ陸戦条約三条が、被害者個人に対し、国際法上の実体的な損害賠償請求権とこれを実現するための国際際法上の手続的な請求権を付与しているとはいえないと解するのが相当である。
3 条約三条の起草過程
ハーグ陸戦条約三条の起草過程において各国代表が意図していたのは、ハーグ陸戦規則に違反する行為を軍隊構成員が行った場合、その構成員が所属する国家は、たとえその国家が直接命令を下していない場合でも、被害者の被った損害について国家として責任を負うという、国家責任の肯定である。各国代表の意見の中にも、同条約三条が、被害者個人に対し交戦国家に対する直接の損害賠償請求権を与えるものであるとまで想定した明らかな発言は見当らない。
したがって、起草過程を検討してみても、同条が、ハーグ陸戦規則違反行為によって被害を被った個人が、交戦当事者である国家に対し、直接の損害賠償請求権を有することを認めているものと解することはできない。
4 戦役における条約三条の法理の再確認等 原告らは、原告ら主張のハーグ陸戦条約三条の法理は、一九四九年の戦時における文民の保議に関するジュネーヴ条約一五四条、第一追加議定書九一条、混合仲裁裁判所、ミュンスター行政控訴裁判所の判決、国連の賠償の例、国家間一括支払協定、ドイツのポン地方裁判所判決等の事例によって、戦後再確認され発展してきている旨主張する。
しかしながら、原告ら主張の右具体的事例を検討してみても、原告らが主張するような法理を戦後再確認したものとは認められないし、また、ハーグ陸戦規則違反の行為によって被害を被った個人が、交戦図に対し、直接に損害賠償請求権を行使し、右国家がその義務を履行して賠償金を支払ったという国家実行が行われた事例が存在するとも認められない。
したがって、 この点からも、原告らが主張するような法理が、ハーグ陸戦条約三条に成文化され、あるいは、国際法上の一般慣行として確立し、法的確信として存在して、国際慣習法となっていたと認めることばできない。
5 結論ハーグ陸戦条約三条の文言、条約起草過程における各国代表の提案内容、先例及び国家実行等について子細に検討してみても、原告らが被害を被ったと主張する第二次世界大戦当時、占領軍の軍隊構成員が占領地に住む個人に対しハーグ陸戦規則違反行為により被害を与えた場合に、被害者個人が、その軍隊の所属する国家に対し、直接の損害賠償請求権を有するとの法理を内容とする国際慣習法がハーグ陸戦条約三条に成文化されていたとは認められない。また、この他に、本件全記録を精査してみても、原告ら主張の右法理が国際的慣行(一般慣行)として成立し、かつ、それを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在していたと認めることはできず、原告らの主張する国際慣習法の成立は認められない。
したがって、国際慣習法に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。二 「人道に対する罪」違反に基づく請求について
人道に対する罪とは、戦前及び戦争中一般人民に対してなされた謀殺、掃滅、奴隷化、強制移送及びその他の非人道的行為若しくは政治的、人種的、宗教的理由に基づく迫害をいうものと解されるが、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東団際軍事裁判所条例等が定められた趣旨は、第二次世界大戦等において非人道的行為等を行った行為者個人の刑事責任を明らかにし、これを処罰するためであったこと、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例六条及び極東国際軍事裁判所条例五条が「人道に対する罪」として規定しているのは、明らかに違反行為者個人の犯罪構成要件であること、近代の法体系においては民事責任と刑事責任が峻別されていることなどに鑑みると、「人道に対する罪」に該当する行為が敢行されたということば、違反行為者個人の国際刑事責任を追及するための構成要件該当性が具備されたというにすぎず、その違反行為者個人の所属する園家の民事責任を基礎付けるものとまではいえないと解すべきである。
この他、本件全記録を検討してみても「人道に対する罪」に該当する行為を行った者の所属する国家が、右違反行為によって被害を受けた個人に対し、直接損害賠償責任を負い、賠償金を支払うという国際的な慣行が成立していることを認めるに足りる資料は全くない。
したがって、右国際慣習法が成立していたことを前提とする、「人道に対する罪」違反による民事上の損害賠償請求権に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。三 フィリビン国内法に基づく請求について
1 法例一一条一項及びフィリピン国内法の適用
原告らは、本件各加害行為はフィリピン国内で行われているから、不法行為の成立に関する準拠法を定める法例一一条一項により、フィリピン国の法律が準拠法として適用され、本件各加害行為が発生した当時フィリピン国内で適用されていた民法(以下「旧法」という。)一九〇二条及び一九〇三条四文等によって、被告に不法行為責任が生ずると主張する。
しかしながら、後記のとおり、原告らが主張する本件各加害行為は、国家の権力的作用に付随するきわめて公法的色彩の強い行為であって、当時のわが国の法制度の下においては、国の権力的作用について一般私法の適用はないときれていたから、私法規定の抵触があるとして法例を適用することには大きな疑問がある。
また、右のように、当時のわが国の法制下では、国の権力的作用については、私法である民法の適用がなく、私法の損害賠償責任の領域に属しないものであったことに照らすと、原告ら主張の本件各加害行為が、私法規定の抵触を規律する目的を有する法例一一条の「不法行為」という概念に包摂されることについても疑問なしとしない。
さらに原告らの主張する本件各加害行為について、フィリピン国内法である旧法が適用されるとしても、旧法がフィリピン国の主権の効力の及ばない外国国家である日本国の不法行為の成立やその損害賠償責任をも規定しているとは認め難い。
2 法例一一条二項と国家無問責の原則
法例一一条二項は、不法行為地法と日本の法律との累積的適用を認めたものであり、両国の法の要件をともに備えなければ不法行為が成立しないとしたものであると解するのが相当である。
昭和二二年に制定施行された現行の国家賠償法の附則六項は、「この法律施行前の行為に基づく糧幹については、なお従前の例による。」と定めており、右法律施行前である本件各加害行為があったとされる第二次世界大戦当時のわが風においては、いわゆる国家無答責の原則が採用され、国又は公共団体の権力的作用について、私法たる民法の運用がなく、これに基づく国の損害賠償責任はないときれていた。原告らの主張する本件加害行為は、国家の権力的作用に付随する行為ないしきわめて公法的色彩の強い行為であるから、仮にこれが認められ、法例一一条一項により、フィリピン国内法において不法行為であると解されたとしても、国家賠償法制定前である右行為当時の日本の法律においては、国家無答責の原則により、不法行為として成立しないものである。したがって、法例一一条二項により結局、原告らの請求は認められない。
2 法例一一条三項と民法七二四条後段
法例一一条三項は、不法行為に基づく損害賠償の方法及び程度に関しても、不法行為地法と日本の法律の累積的適用を認めているものであり、不法行為の効力に関して全面的に日本の法律による制限を認めたものと解するのが相当である。そして、日本の民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解すべきであり、裁判所は、除斥期間の性質に鑑み、当事者の主張がなくても、右期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきである。したがって、原告らの主張する本件各加害行為が不法行為と認められるとしても、本件訴訟は、右行為時である第二次世界大戦の終結から二〇年以上を経過した日に提起されたことが明らかであるから、原告らの主張するフィリピン国内法に基づく損害賠償請求権は、民法七二四条後段の除斥期間の経過により消滅したものというべきである。
4 結論 よって、フィリピン国内法に基づく原告らの請求は、いずれにしても、その余の点について判断するまでもなく理由がない。四 日本の民法に基づく請求について
1 国家無答責の原則
原告らは、天皇あるいは幕僚らによる戦争指導、作戦行動過程における監督義務違反の不法行為によって本件各加害行為が発生したと主張するが、仮に、そのような監督義務違反の行為が認められ、これが日本国内で犯されたとして、法例一一条一項により日本の法律である民法七〇九条、七一五条が準拠法になるとしても、天皇や幕僚らの右戦争指導等の行為は明らかに国家の統治権行使ないしはこれに準ずるものであり、国家の権力的作用ないしきわめて公法的色彩の強い行為であるといえるから、国家賠償法制定前のわが国においては、国家無問責の原則により、民法の規定の適用が排除され、被告は、国家賠償責任を負わないこととなると解すべきである。
2 民法七二四条後段
さらに、仮に、原告らが主張するように、天皇あるいは幕僚らの監督義務違反の不法行為が認められて日本の民法が適用され、国家無答責の原則の適用がなかったとしても、本件各加害行為及び右監督義務違反は第二次世界大戦中に行われたものであり、本件訴訟は第二次世界大戦終結時から二〇年以上経過した後に提起されたことが明らかであるから、民法七二四条後段により、原告らの主張する損害賠償請求権は、除斥期間の経過によって消滅したものと認められる。また、除斥期間の性質に鑑み、信義則違反又は権利濫用の法理を適用する余地はないと解すべきである。
3 結論
よって、原告らの日本の民法に基づく請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。五 総括
以上のとおりであり、原告らの本件各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらを棄却すべきである。以上
オランダ人抑留者虐待賠償請求事件判決(1998年11月30日)
判決骨子
判決言渡し 平成10年11月30日 午前10時
東京地方裁判所民事第六部
裁判長裁判官 梶村太市 裁判官 増森珠美 裁判官 大寄久
平成六年(ワ)第121号
原告 シュールド・アルベルト・ラプレー他七名
被告 国第一 主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。第二 事案の概要
本件は、第二次世界大戦中のオランダ領東インドにおける日本軍の捕虜収容所又は民間人抑留者収容所において、日本軍の構成員から、一九〇七年のへーグ陸戦条約に附属するへーグ陸戦規則及び一九二九年のジュネーブ条約の双方又は前者に違反する虐待等の被害を受けたとする原告らが、被告国に対し、ヘーグ陸戦条約の三条及び同条と同内容の国際慣習法に基づき、精神的損害の賠償として原告一人につき二万二〇〇〇米国ドルの支払を求めた事案である。
第三 判決理由
一 原告らは、いずれも、第二次世界大戦中のオランダ領東インドにおいて、日本軍の捕虜又は民間人抑留者として捕虜収容所又は民間人抑留者収容所に収容された期間中に、日本軍の構成員からへーグ陸戦規則やジュネーブ条約に違反する種々の虐待等の被害を受けた旨主張するところ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、それらの被害事実を認めることができる。
したがって、本件における原告らの請求の当否は、我が国の裁判所において、へーグ陸戦条約三条ないし同条と同内容の国際慣習法を根拠として、国際人道法に違反する軍隊構成員の行為により損害を被った個人が、違反者の所属する国家に対して損害賠償を請求できるかという点にかかっており、本件の争点も右の点にある。そこで、この点について判断する。二 へーグ陸戦条約三条の文言は賠償の相手方等について明確に規定していないが、本来的に国際法とは国家間に妥当する法体系であること、ある条約がそれぞれの国の裁判所において直接に適用可能であるというためには、個人の権利義務の内容が条約上明確に定められていること等が必要と解されること等を考慮すれば、我が国の裁判所において、同条を根拠として、国際人道法に違反する軍隊構成員の行為により損害を被った個人が、違反者の所属する国家に対して損害賠償を請求することはできないというべきである。そして、同条の起草過程等を検討してもこの理は変わらない。
また、本件では国際慣習法を根拠とする請求も認めることはできない。三 結論
以上のとおり、原告らの主張する損害賠償請求はいずれも理由がない。
関釜裁判判決要旨(1998年4月27日)
釜山「従軍慰安婦」・女子勤労挺身隊
公式謝罪等請求事件平成10年4月27日午後1時30分山口地裁判決言渡
(原告)河順女、朴頭理、李順徳
柳賛伊、朴順福、李英善、姜容珠、鄭水蓮、梁錦徳(被告)日本国
(主文)
1. 被告は原告河順女、同朴頭理、同李順徳に対し、各金三〇万円及びこれに対する平成八年九月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 前項記載の原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求を全部棄却する。
3. 訴訟費用は、一項記載の原告らの被告との間においては、同原告らについて生じた費用を三分し、その一を同原告らの負担、その二を被告の負担とし、被告について生じた費用は全部被告の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、全部同原告らの負担とする。
*掲載者注 1.の原告らは元「慰安婦」。2.のその余の原告らは元女子勤労挺身隊(判決要旨)
1. 本件は、主として、いわゆる従軍慰安婦、あるいは朝鮮人女子勤労挺身(ていしん)隊員であった原告らが、帝国日本の侵略戦争と旧朝鮮に対する植民地支配によって被ったとする被害につき、戦後補償の一環として、被告国に対し、国会および国連総会における公式謝罪(以下「公式謝罪」という)と損害賠償を求めた事案である。
2. 原告らが請求の根拠として主張したのは、ほぼ次のような内容である。
(略)
3. 当裁判所の判断は、次の通りである。
1. 「道義的国家たるべき義務」に基づく責任について
原告らの論旨を追っていっても、「道義的国家たるべき義務」の論証に成功しているとは認められないし、端的に、日本国憲法が被告国に対し、現在の憲法上の義務として、過去の帝国日本の戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を命じているかを検討しても、唯一の根拠となるべき憲法前文の文言からは、右謝罪と賠償を憲法上の現在の法的義務として認めることはできない。
2. 明治憲法二七条に基づく損失補償責任について
明治憲法は、既に失効しており、効力維持規定もない。また、仮に、日本国憲法に反しない限度でなお有効であるとしても、明治憲法下における損失補償は、特別の立法があって初めて認められるものであって、同憲法二七条に基づく直接の損失補償請求は許されない。
3. 立法不作為による国家賠償責任について
一般に、国会がいつ、いかなる立法をすべきか、あるいは立法をしないかの判断は、国会の広範な裁量のもとにあり、その統制も選挙を含めた政治過程においてなされるべきであるから、国会議員の立法行為は、例外的な場合でなければ、国家賠償法上違法の評価を受けないが、立法不作為に関する限り、これが日本国憲法の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、右例外的な場合として国家賠償法上の違法をいうことができる。
従軍慰安婦制度は、徹底した女性差別、民族差別であり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、日本国憲法一三条の認める根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害であったとみられるが、そのことのゆえに、日本国憲法制定前の出来事につき、直ちに同憲法による現在の義務として賠償立法の義務を導き出すことはできない。しかし、一般に、法の解釈原理として、あるいは条理として、先行法益侵害に基づくその後の保護義務を法益侵害者に課すべきことが許容されており、右法理によると、帝国日本と同一性ある国家である被告国は、従軍慰安婦とされた女性に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき法的作為義務があったのに、多年にわたって慰安婦らを放置し、その苦しみを倍加させて新たな侵害を行った。そして、一九九三年八月、内閣官房内閣外政審議室の調査報告書が提出され、当時の河野洋平内閣官房長官の談話も発表された。これにより、右作為義務は、日本国憲法上の賠償立法義務として明確となったが、合理的立法期間として認められる三年を経過しても被告国会議員は右立法をしなかったから、被告国は、右立法不作為による国家賠償として、慰安婦原告らに対し、各金三十万円の慰謝料支払い義務がある。しかし、公式謝罪の義務まではない。
挺身隊原告らが結果的にだまされ、いまだ幼くして過酷な条件下で勤労動員され、種々の辛酸をなめたことが認められるが、慰安婦原告らの被った被害と比べると、その性質と程度に相違があり、決して挺身隊原告らの被害を軽視するものではないが、同原告らの被害は、これを放置することがなお日本国憲法上黙視し得ない重大な人権侵害をもたらしているとまでは認められない。
4. 「挺身勤労契約」の債務不履行による損害賠償請求について
女子挺身勤労令等の法規によっても、また、官斡旋(あっせん)・隊組織による動員方式について検討しても、原告ら主張の「挺身勤労契約」の成立は認められない。
5. 不法行為による国家賠償責任について
日本国憲法が、原告らのいう侵略戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を内容とする立法義務を被告国に課していると認められない以上、右立法案を作成したり、そのための事実調査をしたりする同憲法上の義務はないから、被告政府高官の行為に違法はない。
また、永野元法務大臣の発言は、従軍慰安婦についての歴史的、制度的認識と評価であって、それが誤っているとしても、慰安婦原告らを指してなされた発言ではないから、同原告らの名誉を侵害するものではない。
在日元「従軍慰安婦」損害賠償
請求訴訟判決(1999年10月1日)
1999(平成11年)10月1日午前11時30分
東京地裁民事16部判決言渡(原告)宋神道 (被告)日本国
(主文)
原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。(概要)
本件は、韓国籍の女性である原告が、二次大戦中約七年間にわたりいわゆる従軍慰安婦とされ肉体的精神的苦痛を受けたと主張して、被告である国に対し、まず国際法及び民法に基づき、次いで国家賠償法に基づき、謝罪と損害賠償を請求する事案である。(認定事実)
一九三二年から終戦時までいわゆる醜業を目的として各地に従軍慰安所が設置され、従軍慰安婦が配置されたが、原告も、一九三八年頃から終戦時まで、各地の慰安所で意に沿わないまま否応なく従軍慰安婦として軍人の相手をさせられた。(争点に対するする判断)
1. 国際法は、国家間の権利義務を定めるものであり、直ちに個人に国際法上の権利主体性、請求権を与えるとはいえない。重大な人権侵害等の行為をした国家が被害者個人に直接被害回復の責任を負うという国際慣習法が本件当時にあったとは認められないし、原告が主張する各条約、国際宣言もそのような国家責任の根拠とはなり得ない。
2. 本件当時は個人が国家の権力的作用により損害を受けても国は不法行為責任を負わないという原則が妥当していたし、原告の請求権は二〇年の除斥期間が経過したことにより法律上消滅している。
3. 原告指摘の労働省職業安定局長らの発言が原告の名誉を毀損したとはいえない。
4. 犯罪被害者であるからといって犯罪捜査の不適切さなどを理由に損害賠償を請求することはできない。
5. 従軍慰安婦とされた人々の悲惨な体験と境遇ぶ思いをめぐらすと、立法により救済手段を創設することは立法上の選択肢の一つでありうる。しかし、だからといって、憲法が採用する議会制民主主義の下においては、原告主張のような形での補償立法義務が存在するとはいえない。
6. 結局、原告の本件請求はいずれも理由がない。