韓国・朝鮮人BC級戦犯者
最高裁判決(1999.12.20)
──心情は理解し得ないものではないが
判決(全文)
上告人
李鶴来(イー・ハンネ) 尹東鉉 金完根 文済行 卞光洙 芦澤承謙 李學順 朴一濬
右八名訴訟代理人弁護士
今村嗣夫 小池健治 平湯真人 木村鷹五 秀嶋ゆかり 和久田修 上本忠雄
被上告人 国
右代表者法務大臣 臼井日出男
右指定代理人 東村富美子
右当事者間の東京高等裁判所平成八年(ネ)第四四一一号韓国・朝鮮人BC級戦犯者の国家補償等請求事件について、同裁判所が平成一〇年七月一三日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人今村嗣夫、同小池健治、同平湯真人、同木村庸五、同秀嶋ゆかり、同和久田修、同上本忠雄の上告理由第一点について
一 原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人李鶴来、同尹東鉉、同金完根、同文済行、亡卞鐘尹、同文泰福及び同朴允商(以下「上告人李鶴来ら七名の者」という。)は、いずれも我が国の統治下にあった朝鮮の出身者であり、昭和一七年ころ、半ば強制的に俘虜監視員に応募させられ、日本軍の軍属として採用された後、タイ俘虜収容所、マレー俘虜収容所等において俘虜の監視等に従事した。
2 上告人李鶴来ら七名の者は、第二次世界大戦後、右俘虜の監視等に従事中に俘虜に対し虐待等の行為をした戦犯として連合国による裁判を受け、その結果、上告人李鶴来、亡卞鐘允及び同文泰福は、死刑を、その余の者は、拘禁一〇ないし二〇年の刑を宣告され、そのうち上告人李鶴来及び亡文泰福については拘禁二〇年及び一〇年に減刑されたものの、亡下鐘允は死刑の執行を受け、その余の者は、長期間にわたって拘禁されるなど、深刻かつ甚大な犠牲ないし損害を被った。
3 上告人卞光洙は亡卞鐘允の、上告人芦澤承謙は亡文泰福の、上告人李學順及び朴一濬は亡朴允商の、それぞれ相続人である。
二 右の事実関係によれば、上告人李鶴来ら七名の者が被った犠牲ないし損害は、第二次世界大戦後、戦犯として、前記刑の執行を受けたことによって生じたものであり、これは、我が国の敗戦に伴うものといわざるを得ないところ、このような犠牲ないし損害に対する補憤の要否及びその在り方については、国家財政、社会経済、損害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である〔最高裁昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁平成五年(オ)第一七五一号同九年三月一三日第一小法廷判決・民集五一巻三号一二三三頁参照)。
上告人李鶴来ら七名の者が被った犠牲ないし損害の深刻さにかんがみると、これに対する補償を可能とする立法措置が講じられていないことについて不満を抱く上告人らの心情は理解し得ないものではないが、このような犠牲ないし損害について立法を待たずに当然に戦争遂行主体であった国に対して国家補償を請求することができるという条理はいまだ存在しないものといわざるを得ず、憲法の諸規定からこのような条理が導き出されるものでもないから、これと同旨を説示する原審の判断は正当として是認することができる。
以上によれば、所諭は理由がないことに帰するものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することはできない。
同第二点及び第三点について 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 小野幹雄
裁判官 遠藤光男
裁判官 井嶋一友
裁判官 藤井正雄
裁判官 大出峻郎
在日軍属訴訟(姜富中)
大阪高裁判決(1999.10.16)
「国籍条項は違憲の疑い」
掲載日1999年10月16日 <共同>
〈在日軍属訴訟「国籍条項は違憲の疑い」〉
旧日本軍属として徴用され負傷した在日韓国人の姜富中さん(79)=滋賀県甲西町=が、日本国籍がないことを理由に戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)に基づく障害年金の支給請求を却下した国の処分取り消しなどを求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁の松尾政行裁判長は十五日、「法の下の平等を定めた憲法一四条と国際人権規約に違反する疑いがある」との判断を示した。同種訴訟で、違憲性に言及した高裁判決は初めて。
訴え自体は「国籍・戸籍条項は失効していない」として、請求棄却の一審・大津地裁判決を支持したが「国会には条項改廃などの是正が要請されている」とし、放置し続けた場合には違法性が生じる可能性も示唆。救済策を検討している国は、早急な措置を迫られそう。
松尾裁判長は、判決朗読後に異例の「所見」を述べ、その中でも是正措置への期待を表明した。姜さんは上告する。
判決で松尾裁判長はまず、支給対象を日本人に限定する援護法の国籍・戸籍条項について「憲法の趣旨に沿うものか疑問は残るが、一九五二年の立法当時、在日韓国人らに対する戦争被害の賠償問題は日韓両国の特別取り決めの対象とされており、直ちに違憲とは言えない」とした。
その上で、六五年の日韓請求権協定締結で、両国からの補償がないことが明白になった以降について検討。「立法時の事情に変化が生じたもので、元軍属らに引き続き、条項を適用し給付しないのは著しく不利益な取り扱い」と判断、憲法、国際人権規約に違反する疑いを指摘。所見の中では「国際社会も納得する是正措置を期待する」と述べた。
「七三一部隊」被害者損害賠償請求訴訟
東京高裁判決(1999.9.22)
国は謝罪、最大限配慮を
掲載日1999年09月23日 <共同>写有
〈国は謝罪、最大限配慮を〉
旧日本軍の細菌戦部隊「七三一部隊」による人体実験や南京大虐殺、無差別爆撃で被害を受けたとして、中国人十人が日本政府に総額約一億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は二十二日、請求を棄却した。伊藤剛裁判長は原告らの被害事実を認定しながらも「いかに非人道的行為でも日本政府に直接賠償を求める権利がない」と指摘。しかし
「占領侵略行為で中国国民に甚大な被害を与えたことは疑いのない歴史的事実で、わが国が真摯(しんし)に中国国民に謝罪すべきであることは明らか」とし「日中の友好関係を維持する上でさらに最大限の配慮をすべきだ」と異例の見解を示した。
中国人の戦争被害者が日本政府を訴えた訴訟で初の判決。南京大虐殺、七三一部隊の人体実験という国際的にも有名な残虐行為の責任が問われたのも初だったが、判決はいずれも間違いない事実と認定した。
原告は南京大虐殺の際、日本兵から銃剣で刺され流産した李秀英さん(80)や空爆で右腕を失った高熊飛さん(60)のほか、夫を殺された敬蘭芝さん(77)ら七三一部隊犠牲者の遺族八人。
原告側は、占領地での一般市民保護を定めたハーグ条約などを根拠に国際法違反を主張したほか、被害地の中国の民法を適用すべきで、不法行為に当たると強調した。
これに対し判決は「国際法上、個人が賠償を求める権利はない」と判例に沿った判断を示したほか、「外国の民法に基づく賠償を日本は想定していなかった」として退けた。
外国人の戦争被害者による戦後補償訴訟は約五十件が係争中。
=判決骨子=
一、原告らの請求は棄却
一、わが国の中国での各種軍事行動は侵略にほかならず、中国国民に真摯(しんし)に謝罪すべきだ
一、「南京虐殺」という事象は存在し、七三一部隊の人体実験も疑うことができない
一、戦争行為での損害賠償は個人が直接外国に請求できる権利として認められない
〈戦後処理問題にも一石〉
=解説=
中国人の戦争被害者による訴訟で東京地裁判決が二十二日、請求を棄却したのは、外国人の戦争被害救済を認めない判断の流れに沿ったもので、司法の壁の厚さをあらためて浮き彫りにした。一方で、判決が「わが国は真摯(しんし)に中国国民に謝罪すべきで、日中友好のためさらに最大限の配慮をすべきだ」と指摘したことは、日中間の戦後処理問題
にも一石を投じよう。
日本政府は「賠償問題は解決済み」との姿勢だが、原告の悲惨な被害は戦後半世紀経てもいやされないままだ。
米国カリフォルニア州議会の上院・下院で今年八月、南京大虐殺などをめぐり日本政府に賠償を求める決議が採択されるなど、日本の戦後補償への取り組みについて国際世論の目は厳しくなっている。国会や行政が救済に向け、どう責任を果たすかが問われている。
一九九○年代になって中国人の提訴が相次ぎ、全国の戦後補償訴訟の約三分の一を占める十六件に達した。中国政府も個人提訴を黙認している。
戦後補償問題は時間との闘いでもある。今年も中国やフィリピンの元従軍慰安婦らが相次いで亡くなった。高齢化する被害者に残された時間は少なく、日本政府の誠実な対応が急務だ。
在日元「従軍慰安婦」損害賠償
請求訴訟判決(1999年10月1日)
1999(平成11年)10月1日午前11時30分
東京地裁民事16部判決言渡
(原告)宋神道 (被告)日本国
(主文)
原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
(概要)
本件は、韓国籍の女性である原告が、二次大戦中約七年間にわたりいわゆる従軍慰安婦とされ肉体的精神的苦痛を受けたと主張して、被告である国に対し、まず国際法及び民法に基づき、次いで国家賠償法に基づき、謝罪と損害賠償を請求する事案である。
(認定事実)
一九三二年から終戦時までいわゆる醜業を目的として各地に従軍慰安所が設置され、従軍慰安婦が配置されたが、原告も、一九三八年頃から終戦時まで、各地の慰安所で意に沿わないまま否応なく従軍慰安婦として軍人の相手をさせられた。
(争点に対するする判断)
1. 国際法は、国家間の権利義務を定めるものであり、直ちに個人に国際法上の権利主体性、請求権を与えるとはいえない。重大な人権侵害等の行為をした国家が被害者個人に直接被害回復の責任を負うという国際慣習法が本件当時にあったとは認められないし、原告が主張する各条約、国際宣言もそのような国家責任の根拠とはなり得ない。
2. 本件当時は個人が国家の権力的作用により損害を受けても国は不法行為責任を負わないという原則が妥当していたし、原告の請求権は二〇年の除斥期間が経過したことにより法律上消滅している。
3. 原告指摘の労働省職業安定局長らの発言が原告の名誉を毀損したとはいえない。
4. 犯罪被害者であるからといって犯罪捜査の不適切さなどを理由に損害賠償を請求することはできない。
5. 従軍慰安婦とされた人々の悲惨な体験と境遇ぶ思いをめぐらすと、立法により救済手段を創設することは立法上の選択肢の一つでありうる。しかし、だからといって、憲法が採用する議会制民主主義の下においては、原告主張のような形での補償立法義務が存在するとはいえない。
6. 結局、原告の本件請求はいずれも理由がない。
フィリピン人元「従軍慰安婦」
補償請求訴訟判決(1998年10月9日)
判決要旨
判決言渡し 平成一〇年一〇月九日午前一〇時〇〇分
東京地方裁判所民事第一五部 裁判長裁判官市川頼明 裁判官田中敦 裁判官岩井直幸
平成五年(ワ)第五九六六号、同年(ワ)第一七五七五号補償請求事件
原告 マリア・ロサ・ルナ・ヘンソン外四五名
被告 国
主文
一、 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二、 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 事実の概要
本件は、フィリピン国籍を有する女性である原告らが、いわゆる第二次世界大戦当時、フィリピン国内において、進駐してきた日本国の軍隊(以下「日本軍」という。)の兵士らから、暴行、監禁及び強姦等の被害を受け著しい精神的苦痛を被ったとして、被告である日本国に対し、原告一人につき二〇〇〇万円(合計九億二〇〇〇万円)の損害賠償を請求した事案である。
原告らは、右請求の根拠として、国際慣習法に基づく損害賠償請求権、「人道に対する罪」違反に基づく損害賠償請求権、フィリピン国内法に基づく損害賠償請求権及びC日本の民法に基づく損害賠償請求権を主張し、被告はこれらをいずれも主張自体理由がないとして争っている。また、原告らの被害事実の有無及び損害額も争点となっている。
第二 当裁判所の判断
原告らは、第二次世界大戦中の一九四二年から一九四四年ごろまでの間に、フィリピンを占領した日本軍の構成員らによって、暴行、監禁、強姦等の著しい被害を受けた旨主張しており、原告らの各陳述書や各本人尋問の結果は、いずれも、右主張事実にそう内容となっている。しかしながら、本件においては、原告らの主張する損害賠償請求権の有無自体に争いがあるので、先に、これについて判断する。
一 国際慣習法に基づく請求について
1 国際慣習法の成立要件等
国際慣習法とは、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」をいうと解されるところ、これが成立するためには、諸国家の行為の積み重ね(国家実行)を通じて一定の国際慣行(一般慣行)が成立していること及びそれを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在することが必要である。そして、国際法は、国家と他の国家との関係を規律する法であるから、一般に個人が国際法上の法主体性を有するものではなく、国際法が個人の生命、身体、財産等の個人的利益を保護しようとする場合にも、国家に対し個人の権利、利益を侵害してはならないとの義務を課しつつ、その義務の違反行為に対しては、被害を受けた個人の属する国家が外交保護権を行使して被害を与えた他の国家に対しその個人の損害賠償を請求するという方法によって、間接的に被害者の救済を図ることを予定しているものである。したがって、個人がその所属する国以外の国家に対し権利侵害による被害回復を直接求めるには、これを認める特別の国際法規範が存在しなければならない。
2 条約三条の意義
ハーグ陸戦条約及びハーグ陸戦規則の各規定の趣旨や前記の国際法の一般原則などに鑑みると、ハーグ陸戦条約三条に規定された賠償責任は、軍隊及びその構成員にハーグ陸戦規則を遵守させる目的の下に、右規則違反の行為を行った軍隊及びその構成員の所属する交戦国に対する制裁として定められたものであり、交戦国が、被害を被った個人の所属する国家に対して負うべき国家間の賠償責任であって、それ以上に、ハーグ陸戦条約三条が、被害者個人に対し、国際法上の実体的な損害賠償請求権とこれを実現するための国際法上の手続的な請求権を付与しているとはいえないと解するのが相当である。
3 条約三条の起草過程
ハーグ陸戦条約三条の起草過程において各国代表が意図していたのは、ハーグ陸戦規則に違反する行為を軍隊構成員が行った場合、その構成員が所属する国家は、たとえその国家が直接命令を下していない場合でも、被害者の被った損害について国家として責任を負うという、国家責任の肯定である。各国代表の意見の中にも、同条約三条が、被害者個人に対し交戦国家に対する直接の損害賠償請求権を与えるものであるとまで想定した明らかな発言は見当らない。
したがって、起草過程を検討してみても、同条が、ハーグ陸戦規則違反行為によって被害を被った個人が、交戦当事者である国家に対し、直接の損害賠償請求権を有することを認めているものと解することはできない。
4 戦役における条約三条の法理の再確認等 原告らは、原告ら主張のハーグ陸戦条約三条の法理は、一九四九年の戦時における文民の保議に関するジュネーヴ条約一五四条、第一追加議定書九一条、混合仲裁裁判所、ミュンスター行政控訴裁判所の判決、国連の賠償の例、国家間一括支払協定、ドイツのポン地方裁判所判決等の事例によって、戦後再確認され発展してきている旨主張する。
しかしながら、原告ら主張の右具体的事例を検討してみても、原告らが主張するような法理を戦後再確認したものとは認められないし、また、ハーグ陸戦規則違反の行為によって被害を被った個人が、交戦国に対し、直接に損害賠償請求権を行使し、右国家がその義務を履行して賠償金を支払ったという国家実行が行われた事例が存在するとも認められない。
したがって、 この点からも、原告らが主張するような法理が、ハーグ陸戦条約三条に成文化され、あるいは、国際法上の一般慣行として確立し、法的確信として存在して、国際慣習法となっていたと認めることはできない。
5 結論 ハーグ陸戦条約三条の文言、条約起草過程における各国代表の提案内容、先例及び国家実行等について子細に検討してみても、原告らが被害を被ったと主張する第二次世界大戦当時、占領軍の軍隊構成員が占領地に住む個人に対しハーグ陸戦規則違反行為により被害を与えた場合に、被害者個人が、その軍隊の所属する国家に対し、直接の損害賠償請求権を有するとの法理を内容とする国際慣習法がハーグ陸戦条約三条に成文化されていたとは認められない。また、この他に、本件全記録を精査してみても、原告ら主張の右法理が国際的慣行(一般慣行)として成立し、かつ、それを法的な義務として確信する諸国家の信念(法的確信)が存在していたと認めることはできず、原告らの主張する国際慣習法の成立は認められない。
したがって、国際慣習法に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
二 「人道に対する罪」違反に基づく請求について
人道に対する罪とは、戦前及び戦争中一般人民に対してなされた謀殺、掃滅、奴隷化、強制移送及びその他の非人道的行為若しくは政治的、人種的、宗教的理由に基づく迫害をいうものと解されるが、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東団際軍事裁判所条例等が定められた趣旨は、第二次世界大戦等において非人道的行為等を行った行為者個人の刑事責任を明らかにし、これを処罰するためであったこと、ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例六条及び極東国際軍事裁判所条例五条が「人道に対する罪」として規定しているのは、明らかに違反行為者個人の犯罪構成要件であること、近代の法体系においては民事責任と刑事責任が峻別されていることなどに鑑みると、「人道に対する罪」に該当する行為が敢行されたということは、違反行為者個人の国際刑事責任を追及するための構成要件該当性が具備されたというにすぎず、その違反行為者個人の所属する国家の民事責任を基礎付けるものとまではいえないと解すべきである。
この他、本件全記録を検討してみても「人道に対する罪」に該当する行為を行った者の所属する国家が、右違反行為によって被害を受けた個人に対し、直接損害賠償責任を負い、賠償金を支払うという国際的な慣行が成立していることを認めるに足りる資料は全くない。
したがって、右国際慣習法が成立していたことを前提とする、「人道に対する罪」違反による民事上の損害賠償請求権に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
三 フィリピン国内法に基づく請求について
1 法例一一条一項及びフィリピン国内法の適用
原告らは、本件各加害行為はフィリピン国内で行われているから、不法行為の成立に関する準拠法を定める法例一一条一項により、フィリピン国の法律が準拠法として適用され、本件各加害行為が発生した当時フィリピン国内で適用されていた民法(以下「旧法」という。)一九〇二条及び一九〇三条四文等によって、被告に不法行為責任が生ずると主張する。る。
3. 訴訟費用は、一項記載の原告らの被告との間においては、同原告らについて生じた費用を三分し、その一を同原告らの負担、その二を被告の負担とし、被告について生じた費用は全部被告の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、全部同原告らの負担とする。
*掲載者注 1.の原告らは元「慰安婦」。2.のその余の原告らは元女子勤労挺身隊
(判決要旨)
1. 本件は、主として、いわゆる従軍慰安婦、あるいは朝鮮人女子勤労挺身(ていしん)隊員であった原告らが、帝国日本の侵略戦争と旧朝鮮に対する植民地支配によって被ったとする被害につき、戦後補償の一環として、被告国に対し、国会および国連総会における公式謝罪(以下「公式謝罪」という)と損害賠償を求めた事案である。
2. 原告らが請求の根拠として主張したのは、ほぼ次のような内容である。
(略)
3. 当裁判所の判断は、次の通りである。
1. 「道義的国家たるべき義務」に基づく責任について
原告らの論旨を追っていっても、「道義的国家たるべき義務」の論証に成功しているとは認められないし、端的に、日本国憲法が被告国に対し、現在の憲法上の義務として、過去の帝国日本の戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を命じているかを検討しても、唯一の根拠となるべき憲法前文の文言からは、右謝罪と賠償を憲法上の現在の法的義務として認めることはできない。
2. 明治憲法二七条に基づく損失補償責任について
明治憲法は、既に失効しており、効力維持規定もない。また、仮に、日本国憲法に反しない限度でなお有効であるとしても、明治憲法下における損失補償は、特別の立法があって初めて認められるものであって、同憲法二七条に基づく直接の損失補償請求は許されない。
3. 立法不作為による国家賠償責任について
一般に、国会がいつ、いかなる立法をすべきか、あるいは立法をしないかの判断は、国会の広範な裁量のもとにあり、その統制も選挙を含めた政治過程においてなされるべきであるから、国会議員の立法行為は、例外的な場合でなければ、国家賠償法上違法の評価を受けないが、立法不作為に関する限り、これが日本国憲法の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、右例外的な場合として国家賠償法上の違法をいうことができる。
従軍慰安婦制度は、徹底した女性差別、民族差別であり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、日本国憲法一三条の認める根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害であったとみられるが、そのことのゆえに、日本国憲法制定前の出来事につき、直ちに同憲法による現在の義務として賠償立法の義務を導き出すことはできない。しかし、一般に、法の解釈原理として、あるいは条理として、先行法益侵害に基づくその後の保護義務を法益侵害者に課すべきことが許容されており、右法理によると、帝国日本と同一性ある国家である被告国は、従軍慰安婦とされた女性に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき法的作為義務があったのに、多年にわたって慰安婦らを放置し、その苦しみを倍加させて新たな侵害を行った。そして、一九九三年八月、内閣官房内閣外政審議室の調査報告書が提出され、当時の河野洋平内閣官房長官の談話も発表された。これにより、右作為義務は、日本国憲法上の賠償立法義務として明確となったが、合理的立法期間として認められる三年を経過しても被告国会議員は右立法をしなかったから、被告国は、右立法不作為による国家賠償として、慰安婦原告らに対し、各金三十万円の慰謝料支払い義務がある。しかし、公式謝罪の義務まではない。
挺身隊原告らが結果的にだまされ、いまだ幼くして過酷な条件下で勤労動員され、種々の辛酸をなめたことが認められるが、慰安婦原告らの被った被害と比べると、その性質と程度に相違があり、決して挺身隊原告らの被害を軽視するものではないが、同原告らの被害は、これを放置することがなお日本国憲法上黙視し得ない重大な人権侵害をもたらしているとまでは認められない。
4. 「挺身勤労契約」の債務不履行による損害賠償請求について
女子挺身勤労令等の法規によっても、また、官斡旋(あっせん)・隊組織による動員方式について検討しても、原告ら主張の「挺身勤労契約」の成立は認められない。
5. 不法行為による国家賠償責任について
日本国憲法が、原告らのいう侵略戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を内容とする立法義務を被告国に課していると認められない以上、右立法案を作成したり、そのための事実調査をしたりする同憲法上の義務はないから、被告政府高官の行為に違法はない。
また、永野元法務大臣の発言は、従軍慰安婦についての歴史的、制度的認識と評価であって、それが誤っているとしても、慰安婦原告らを指してなされた発言ではないから、同原告らの名誉を侵害するものではない。