ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K.301
(追記)父子デュオ(2009)





(左)アルテュール・グリュミオー(Vn) クララ・ハスキル(P) (Philips LP)
(右)フランク・ペーター・ツィンマーマン(Vn) アレクサンダー・ロンクィッヒ(P) (EMI CDC 7 54139 2)

 モーツァルトは幼時から死ぬまでずっと天才であったから「天才」なのである。「二十歳過ぎればただの人」ではなかったところが天才モーツァルトの天才たる所以なのだ。そして,K番号で見ると,モーツァルトの天才が「ますます」明確になっていったのが300番以降の作品といっても間違いではあるまい。そのK.300番台の最初を飾るのが,1778年に作曲された6曲(K.301〜K.306)からなる「マンハイム・ソナタ」と呼ばれるヴァイオリン・ソナタ群である(K.296も同年に作曲されたソナタであるが,後で別に出版された)。これら6曲のソナタの中では,すでに紹介したK.304と今回紹介するK.301がダントツによい。K.301は私の最も好きなモーツァルトのヴァイオリン・ソナタの一つである。後世のベートーヴェンには「春」,「クロイツェル」といったモーツァルトのソナタよりはよほど有名なヴァイオリン・ソナタがいくつかあるけれども,私はしょっちゅう聴こうとは思わない。ベートーヴェンの良さがはっきりと出た室内楽のジャンルは,弦楽四重奏曲をおいて他には無いと思っているからである。ベートーヴェンも天才であったが,モーツァルトのようにオールマイティな天才ではなかった。
 K.301は,まず第1楽章冒頭の伸びやかで息の長い旋律がすばらしい。幼年期に作曲されたK.26〜K.31のヴァイオリン・ソナタとは全く次元の異なった音楽であることを聴く者にすぐさま印象づける。この楽章には,22才となった青年モーツァルトの自信が最初から最後まで漲っている。
 さらに素晴らしいのが第2楽章。3部形式の楽しいロンドだが,中間部はト短調のシチリアーノで,この哀しげな旋律の美しさは一度聴くと忘れることができない。この中間部は独立した楽章ではないが,「モーツァルトのト短調」と呼ぶにふさわしい。

 どこの会社の何のCMだったか全く覚えていないのが残念であるが(たしか小学生くらいの男の子が出ていたと思う),第2楽章の冒頭の旋律を使っているCMを昔テレビで見て驚いたことがある。「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」などとは違って,決して一般によく知られた曲とはいえないこの曲のしかも2楽章をCMに使うなんて,制作者はよほどモーツァルト好きなんだろうと密かに思ったものだ。

 この曲もK.304と同様,若き日のアルテュール・グリュミオー(Vn)と女流のクララ・ハスキル(P)による古いモノラル盤に優る演奏があるとは私には到底思われない。ジャズを聴くときと違って,クラシックを聴くときには私はいわゆる大家の「歴史的」演奏にはあまりこだわらない。何でも昔の演奏の方がよかったという人は熱心なクラシック・ファンに大勢いるが,全部が全部そうとは思わないからである。しかし,最初に聴き込んだ古い演奏があまりにも素晴らしかったため,「新しい演奏」に乗り換えられない曲もいくつかある。カール・リヒター指揮のバッハの「マタイ受難曲」もそうであるが,グリュミオーとハスキルによるモーツァルトのK.301とK.304もそうだ。

(以下2009.11.22加筆)
 このグリュミオーとハスキルによる演奏に比べればお恥ずかしい限りであるが,先日(2009年)息子とK.301の2楽章を,次男せいじのピアノ教室発表会のステージで弾いたので,下記にYouTubeへのリンクとして掲載する。実は,今年は生徒さんの発表だけで時間が不足気味なので, 昨年のようにデュオをやることはないと聞いていたのだが, 先生のおはからいなのか,本番1ケ月ほど前に急遽今年もやることに…。 ただし,時間があまりないので長くても4分までの曲という条件つきであった。本当はこのステージの前に,別の機会にやった ベートーヴェンのスプリング・ソナタをやりたかったのだが,4分ではとても無理。 いろいろ考えた末に,かねてから合わせ慣れているモーツァルトのK.301をすることにした。今でこそ,せいじと合わせる曲もだんだん増えてきたが,私が最初にせいじとデュオらしいデュオををしたのがこの曲だった。今回は,せいじがソロの2曲の練習でかなりいっぱいいっぱいだったので,”新曲”は難しかったという事情もあるが…。
  ステージへの登場時に読んでもらう”演奏者からのひとこと”として私が書いた文章は次の通りである。
 「学生時代,ウィーン旅行をしたときに買った思い出の楽譜の1曲目がこのバイオリンソナタです。さすが「モーツァルトのト短調」と思わせる魅力的な中間部が二人とも大好きです。」
 しかしながら,演奏が終わってから,息子に「お父さん,中間部はもっと歌わせてもよかったね…」と言われた。確かに,あっさり弾きすぎたかもしれない。ピアノがスタインウェイのフルコンで非常によく音が通るし,ホールの残響も長いので,息子は全くペダルを使わずに弾いた。 本番でヴァイオリンを弾きながらピアノの素晴らしい音を感じることができた。 本当は,モーツァルトの時代のフォルテピアノくらいの音量が 自分のヴァイオリン(と腕)にはちょうどマッチするのだろうなぁ… と思いつつ,スタインウェイでK.301を弾くことが出来たせいじがちょっと羨ましい。




MIDI

第1楽章(Allegro con spirito)




第2楽章(Allegro)