弦楽四重奏曲 ニ長調 K.575


コチアン四重奏団 (DENON 33C37-7954)
 3曲からなる「プロシア王セット」の第1番。モーツァルトの全23曲からなる弦楽四重奏曲の中で, 「プロシア王セット」は晩年の円熟期に書かれた作品群ながら,その評価は必ずしも「ハイドン・セット」に比べて高くない。それにはいくつか理由があると思うが,一つには気合満々で書かれた中期の「ハイドン・セット」6曲に比べると,3曲とも全体的にややテンションが低く聴こえるということがあるだろう。実際に弾いてみると分かるのだが,モーツァルト一流の美しいメロディーは随所に出てくるのだが,いかにも「乗り」が悪い。ジャズの世界で重視される乗りのよさやドライブ感といったものは,弦楽四重奏の世界にもある。このK.575の第1楽章を試みにハイドン・セット第1番のK.387と比べてみると,非常に優美な音楽には違いないのだけれども,前へ進もう,進もうとするドライブ感がないのだ。同じ頃に作曲された名作クラリネット五重奏曲K.581が優美きわまりない音楽でありながら,一方で非常に乗りのよい音楽(とくに後半の第3,4楽章)であるのとは明らかに違う。しかも,第4楽章の主題は第1楽章の主題とよく似ている。同じ曲の中でこのように類似した主題を使うのはモーツァルトにはあまり例のない(とくに晩年の作品では)ことだ。やはりモーツァルトは「プロシア王セット」の作曲では気合が入ってなかったのだ!
 しかしそれでも最終第4楽章はこの曲の中で最も充実し,また美しい音楽である。冒頭チェロによって朗々と歌われる主題の何と美しいこと。この旋律が少しずつ修飾されながら,ほとんど曲の最初から最後までずっと使われているのだが,何度でも聴きたいと思わせる名旋律である。最後の楽章に至ってモーツァルトが天才のひらめきを見せたという感じだ。

*MIDI:第4楽章(Allegretto)