弦楽四重奏曲 ヘ長調 K.590


ベルリン・ブランディス四重奏団 (ORFEO C 041-831 A)
 
モーツァルトが弦楽四重奏曲に新境地を開いた「ハイドン・セット」の第1作K.387を作曲してからこの最後の弦楽四重奏曲K.590を作曲するまでに8年の時が経過した。この2曲には音楽的にも世間的にも上り調子の時期のモーツァルトと,音楽的には円熟の極に達しながら,経済的には苦しくやがて病を得て死を迎える晩年のモーツァルトがくっきりと対比されている。K.590には,K.387の勢いや弾けるようなリズムの跳躍はない。長調でありながら,冒頭第1楽章のユニゾンからして物憂げで重たい。テンポ的には速い第4楽章にしてみても,内面から自然に湧き出た快活さというよりは,無理やり明るくふるまっている感がある。展開部には”ヤケクソ”になったかのようなチェロの耳障りなフレーズすら出てくる。これはモーツァルトにしては珍しいことである。少し前に作曲されたK.581の「クラリネット五重奏曲」と比べてみればよい。モーツァルトは気乗りしないままいやいやこの最後の弦楽四重奏曲を作曲していたのか?それにもかかわらず,この曲はすばらしい。それは,弦楽四重奏曲におけるモーツァルトの「白鳥の歌」と呼ぶべき第2楽章があるからである。主題は本当にシンプルな音型で,それがこの楽章を通じてしつこいくらい繰り返し現れる。決してモーツァルト一流の名旋律というわけではなくて,むしろ訥々とした素朴な旋律なのだが,一度聴くと忘れられない魅力を持っている。 モーツァルトの弦楽四重奏曲で「泣ける曲」があるとすれば,この第2楽章なのだ。


第2楽章(Andante)



第4楽章(Allegro)