20世紀のイギリス音楽


BGM is from "In the Bleak Midwinter" by Gustav Holst that is one of the most beautiful 20th carols in Britain.


  


  (左)チェルトナムにあるホルスト生家記念館 (右)ホルストが子供の頃遊んだ部屋


*CD番号は私が買ったときのものです。購入される場合は必ずご自分でチェックしてください。v

■アーノルド(1921-):舞曲集

(NAXOS 8.553526)
 日本では一口にイギリス,英国と言うが,最大勢力のイングランドと北のスコットランド,西のウェールズとでは歴史的・文化的バックグラウンドが全く異なる。北アイルランドほどではないにしても,イングランド人と他の地域の人達との間には,今でも感情の対立がある。イングランドでも最南のコーンウォールはケルトの文化圏(ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の舞台にもなっている)で,ウェイルズやアイルランドと共通したケルト文化が今でも残っている。このCDには,こうした様々な「英国」のそれぞれの地域(アイルランドは現在独立国)に固有な民謡や舞曲をもとにしてアーノルドが作曲した「イギリス舞曲集」,「スコットランド舞曲集」,「コーンウォール舞曲集」,「アイルランド舞曲集」,「ウェールズ舞曲集」が収められている。どの舞曲集も民俗色豊かで楽しく気楽に聴ける。それぞれの舞曲集のスタイルを比較してもおもしろい。



■アーノルド(1921-):室内楽曲集

(NAXOS 8.554237)
 現代英国の人気作曲家アーノルドの室内楽曲を5作収めたアルバム。「ピアノ三重奏曲」では第3楽章ヴイバーチェの無窮動的音楽がおもしろい。2曲あるヴァイオリン・ソナタはそれぞれに個性的である。最初期の第1ソナタは3楽章からなり,グリーグのソナタを思わせるような民族的で熱い感情のほとばしりがある。一方,単一楽章の第2ソナタは,アレグレットの民謡風旋律に始まり,ヴィバーチェ,アンダンティーノ,アダージオと次々に曲調が変わる。7分余りの小曲だが,静謐な美しさに満ちた曲である。「チェロのための幻想曲」は無伴奏チェロのための作品で,祈るような深い感情表現が聴ける。「ヴァイオリンとピアノのための5つの小品」は本CDで最もメロディアスで,ちょっとドビュッシーやフォーレの音楽を思わせる。前衛的ではなく,全体的にメロディアスなアーノルドの室内楽作品は,現代曲といっても大変聴きやすく,とくにヴァイオリンやチェロの好きな人なら楽しく聴けるであろう。



■バントック(1868-1946):ケルト交響曲・ヘブリディーズ交響曲 他(Bantock: Celtic & Hebridean Symphonies

(HYPERION CDA20450)
 まず,「ケルト」とか「ヘブリディーズ」とかいった曲名が,「ケルト・ファン」の心をくすぐらずにはおかないアルバムである。しかしてその実態は?
 "A Celtic Symphony"は,ヘブリディーズ諸島の民謡を使っていることもあってどこか懐かしい響きがする。弦と6台のスコティッシュ・ハープがかもし出す幻想的な雰囲気が独特である。交響詩"The Witch of Atlas"は,シェリーの同名の詩に音楽をつけたもの。オケとソロ・ヴァイオリンの抒情的な旋律がすばらしい。交響詩"The Sea Reiveeers"は3分余りの短い曲だが,金管やティンパニの華々しい活躍など,ダイナミックなオーケストレーションが印象的である。"A celtic Symphony"と同様スコットランドのヘブリディーズ諸島の伝説や民謡にインスピレーションを得た"A Hebridean Symphony"は,規模が"A celtic Symphony"よりずっと大きく,各楽章もダイナミックなものから抒情的なものまで実に変化に富んでいる。私には"A celtic Symphony"よりずっとおもしろい。ワーグナーを思わせる重厚華麗なフル・オーケストラの響きがある一方で,ヴァイオリンや,チェロ,ホルンの美しいソロもある。スコットランド民謡の美しいメロディーが随所で使われているのも魅力的。主要な主題が回帰して静かに終わるコーダは感動的である。



■バックス(1883-1953):交響曲第1番,交響詩「ファンドの園」 他

(NAXOS 8.553525)
 バックスはイングランド人でありながらアイリッシュのケルト文化(とくに大詩人イエイツ)に傾倒し,アイルランドに移住してそこで死んだ変わり種。交響詩「ファンドの園」には彼のそうした生き方を反映して,ケルトの妖精が飛んでいるような幻想的な雰囲気が漂う。一転して,第1次世界大戦の悲劇と,1916年イースターのアイルランド蜂起の悲劇の後に書かれた交響曲第1番は,悲劇を象徴する暗い主題で始まる(ショスタコーヴィチの「革命」交響曲の冒頭を連想させる)。最終楽章最後の「勝利のマーチ」に至ってもとても「勝利」という感じではない。イングランド人という「生まれ」と,アイルランド人という「自分の本性」との葛藤がこの曲を書かせたのだろうか。



■バックス(1883-1953):室内楽曲集(ハープと弦楽のための五重奏曲 / フルート,ヴィオラとハープのための悲歌的 三重奏曲 / ハープとヴィオラのための幻想ソナタ / フルートとハープのためのソナタ)
(NAXOS 8.554507)
 バックスの代表作といえばやはり交響曲ということになるのだろうが,やや晦渋でとっつきにくいのも確かである。そういう方にこの室内楽曲集はいかがだろう。ここに収められた4曲にはいずれもハープが入っている。ハープの入った室内楽というのは珍しいが,いずれの曲でも印象派風の音楽とハープの神秘的な響きがマッチして「桃源郷」ともいうべき美しい音楽の世界が現れる。バックスの音楽を聴くアルバムとしてももちろんよいが,ハープという楽器を聴くアルバムとしても最高である。「フルートとハープのためのソナタ」を聴くと,この曲がモーツァルトの名作「フルートとハープのための協奏曲」以来フルートとハープのために書かれた最も美しい曲ではないかという気がしてくる。若手アンサンブル,モビウスの演奏も見事で,このようなアルバムを送り出したNAXOSの企画力に敬意を表したい。



■ブリス(1891-1975):「カラーシンフォニー」,バレエ音楽「アダム・ゼロ」

(NAXOS 8.553460)
 「カラーシンフォニー」は,若いブリスの才能を見込んだかの大エルガーが,1922年のGloucester Festival交響曲作曲家にブリスを指名したことから生れた作品である。「カラーシンフォニー」は文字通り「紫」,「赤」,「青」,「緑」の4楽章からなる。エルガーも含めて初演時の聴衆にこの交響曲は「モダン」すぎたらしい。しかし今聴くと全然そんなことはなくて,どの楽章もオケ,とくに弦が実によく歌う。イギリスの作曲家お得意の民謡風のメロディーも顔を出す。活発な「赤」は「スターウォーズ」の音楽を連想させるところもある。ゆったりとした主題を繰り返しながらクライマックスに向けて徐々に盛り上がる最終楽章「緑」も素晴らしい。併収の「アダム・ゼロ」も一曲一曲は短いながらも変化に富みおもしろい。さすがは「女王様の音楽教師」を長年勤めた人だけのことはある。例によってNAXOSの演奏・録音は抜群。



■ブリッジ(1879-1941):弦楽四重奏のための作品集

(NAXOS 8.553718)
 ブリテンの先生だったブリッジの名前は,残念ながら今ではすっかり弟子の影に隠れてしまっている。ブリテンのようなインパクトのある曲が書けなかったことにも原因があろうが,このCDを聴くと,全く忘れ去ってしまうには惜しい曲を書いている。生まれた時代の違いもあって,ブリテンよりはずっとロマン派的な作風で,20世紀というよりは19世紀を感じさせる。「幻想四重奏曲」の第2楽章アンダンテは,民謡風のメロディーがいかにも英国的ノスタルジーを感じさせるし,美しい民謡「ロンドンデリーの歌」を使った「アイルランドの旋律」も小品ながら佳曲。ちょっと変わった作品を聴きたいけれども,前衛的な曲はイヤというカルテットファンに推薦したい1枚。



■ブリテン(1913-1976):シンプルシンフォニー

(ポリドール F32G 20288)
 弦楽だけで奏される「シンプルシンフォニー」は,昔学生時代に弦楽合奏団の定期演奏会で弾いただけに,短い曲ながら思い入れがある。演奏自体はブリテンの目指した「シンプル」からは遠い代物だったが。ブリテンは器用な作曲家で,難解で晦渋な重い曲を書く一方で,「シンプルシンフォニー」や「青少年のための管弦楽入門」のような分かりやすい「単純な」曲も書いている。昔イムジチが来日したとき,この曲を演奏するのをテレビで見たことがある。弦しかなく,構成も単純なだけに,ちょっとした音程の狂いや,アンサンブルの乱れも目立ってしまう曲を,一糸乱れず演奏していたのはさすがに見事だった。このCDのアメリカのオルフェウス合奏団の演奏も見事。ピチカートの第2楽章など,プロでないと絶対にこうはいくまい。



■ブリテン(1913-1976):青少年のための管弦楽入門

(NAXOS 8.550499)
 この曲が「残念ながら」ブリテンで最も一般に知られている曲で,録音の数も多いのは,学校での音楽教育を目的として書かれた曲であり,実際に日本でも学校で音楽の鑑賞教材として使われているからであろう(もし昔と変わっていなければ)。私自身何年生のときだったか,音楽の授業で先生がこの曲のLPをかけ,この楽器は何々と説明していたのを思い出す。解説に必ず書かれているように,この曲はバロック時代の大作曲家パーセルの主題を使っているが,パーセルの原曲「アブデザール」を聴いた人は少ないだろう。原曲は舞曲でテンポもブリテンの曲よりずっと速く,軽やかである。曲の長さも短くあっと言う間に終わってしまう。どちらが好きかは好みによるだろうが,私には楽器を色々変えながらちょっと大げさな変奏でクライマックスを築くブリテンの曲よりも,シンプルな原曲の方がずっと好ましい。ブリテン自身も十分そのことは承知で,昔の偉大な先輩作曲家を世に宣伝するために,わざわざパーセルの主題を使ったのではないかと思えるのである。



■ブリテン(1913-1976):無伴奏チェロ組曲(全曲)

(NAXOS 8.553883)
 ブリテンとロシアの名チェリスト,ロストロポーヴィチとの親交は有名で,2人によるシューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」の名演が残されている(ブリテンはピアニストとしても一流だった)。この無伴奏チェロ組曲(全曲)も,ロストロポーヴィチがいなかったら生れなかった作品だろう。TVのCMでヨー・ヨー・マが弾いているコダーイの無伴奏チェロソナタに比べると,同じ20世紀の無伴奏チェロ作品といっても,ブリテンの方がずっと瞑想的な作品だ。私が好きなのは第3番。バッハが愛好したフーガやパッサカリアの古い形式を使って,静かでありながら,じわじわと緊張感を高めていく手法は見事。ヒューの演奏も素晴らしい。



■ブリテン(1913-1976):民謡編曲集
The Folksong Arrangements

(HYPERION CDD22042)
 曲よし,演奏よし,値段よし(2枚組で1枚分の値段)と三拍子揃ったソロ・ボーカル好きの人にお薦めのCD。ブリテンはよく知られているように,英国の民謡に関心を持って研究し,自らの作品にも民謡をよく使ったが,この民謡編曲集では,ブリテン島の民謡だけでなく,フランスやアイルランドの民謡も編曲している。歌っているのはソプラノあるいはテノールのソロであるが,伴奏が曲集によって微妙に変わっている。1枚目には伴奏がピアノの曲(ブリテン島・フランス編),2枚目には伴奏がギターの曲(イングランド編)とピアノの曲(アイルランド編)の他に,これらの曲集とは別に作曲され,由来が様々な「8つの民謡編曲集」(伴奏はハープ)も収められている。CDは1枚目冒頭の有名な「サリー・ガーデン」に始まり,楽しい曲,しみじみとした曲,哀しい曲など変化に富み,声もソプラノとテノールが曲によって交替する。2枚目のCDでは伴奏がギターやハープの曲にハッとするほど美しい曲がある。ギター伴奏を伴ったイタリアン・カンタービレ的?イングランド民謡"Master Kilby",ハープのアルペッジョがロマンティックな"I was lonely and forlorn"など聞き惚れてしまう。晦渋な曲をたくさんつくったブリテンも,民謡を編曲していたときは,自分自身が楽しくて仕方なかったのではないだろうか。



■ブリテン(1913-1976):連作歌曲集「ノクターン」

(EMI TOCE-4058)
 テノールのために書かれたブリテンの連作歌曲集の一つ。8曲から構成されており,それぞれの詩はすべて異なる英国の詩人の詩から取られている。私が好きなのは,コールリッジの「カインの放浪」による第3曲と,シェイクスピアのソネットによる終曲。前者はハープのオブリガートが美しく,後者はマーラーの「大地の歌」を思わせる(献呈したのがマーラー未亡人アルマだったためか)甘美な歌が聴ける。



■バターワース(1885-1916)・ガーニー(1890-1937):歌曲集(Butterworth & Gurney Songs

(CHANDOS CHAN 8831)
 これまで英国ルネサンス期のリュート・ソングには馴染んできたが,20世紀英国の歌曲をちゃんと聴いたのは初めてである。しかし,これはシューベルトやシューマンのドイツ・リートが好きな人なら必ず気に入るであろう抒情溢れる「英国版リート」の世界である。バターワースの"Six Songs from A Shropshire Lad"は,全曲で13分ほどの短い歌曲集であるが,若者を主人公にしたみずみずしい情感の美しさという点では,シューベルトの「水車小屋の乙女」やシューマンの「詩人の恋」に比べられるものだろう。シュロップシャーといえば,あのヒュー・ロフティング作の「ドリトル先生」の故郷でもある。行ったことがないのでどのような所かは分からないが,想像するにとりわけ自然の豊かな田園地方なのではないか。バターワースの歌曲を聴いているとそういう気がしてくるのである。同じくバターワースの"Bredon Hill and other Songs"は,"Six Songs from A Shropshire Lad"より劇的なところもあるが,抒情的な魅力に変わりはない。
 一方20曲収められているガーニーの歌曲には,民謡風のもの,朗唱風のものなど,より多様なスタイルの歌が聴かれる。私の好きな曲は,自作の詩に曲を付けた抒情的な"Severn Meadows"(グロースター生まれのガーニーにとってセヴァーン川は故郷の川であったのだろう),ピアノ伴奏の美しさが特筆すべき"Desire in Spring",流れるような美しさをもつ"Black Stitchel"など。このアルバム,"Sleep"という曲でプログラムを終えるなんてしゃれた趣向ではないか。
 両者の歌曲とも,できれば,シューベルトやシューマンの歌曲集を一生懸命聴いていた若かりし頃?に出会いたかった(当時は今みたいに英国音楽のCDが簡単に手には入らなかっただろうが)。ラクソンのバリトンはドイツ・リートを歌うフィッシャー=ディースカウのように表現力の凄さで圧倒するものではないが,しみじみとした歌い方で私は好きである。夜ゆっくりとスコッチでも飲みながら聴きたいアルバム。



■ディーリアス(1862-1934):組曲「フロリダ」,幻想序曲「丘を越えて遥かに」 他

(NAXOS 8.55.535)
 ディーリアスは北イングランドブラッドフォードの生まれで,エルガーほどではないにしても,19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍した英国の作曲家の中では,名前がよく知られている方であろう。しかし,ディーリアスの曲で日本でポピュラーになっている作品はほとんどないのではあるまいか。このCDの中心に据えられている組曲「フロリダ」はディーリアス25才のときの若書きの作品。みずみずしくロマンティック,情感豊かで,そのうえちょっと日本的センチなところもあるのにびっくりした(下のチェロ協奏曲なんかとは全然違います)。組曲の1曲目にはNHKの大河ドラマのテーマ曲に似たメロディーさえ出てくる。とにかくオーケストラがよく歌うメロディアスな曲揃い。確実にディーリアスファンを増やすのに貢献するであろう,NAXOSの優れた選曲・演奏・録音。



■ディーリアス(1862-1934):チェロ協奏曲(エルガーのチェロ協奏曲とのカップリング)

(EMI TOCE-7222)
 このCDはディーリアスのチェロ協奏曲を聴きたくて買ったのではなく,メインのエルガーのチェロ協奏曲を,今は亡き英国の名女流チェリスト,ジャクリーヌ・デュプレで聴くために買った。ディーリアスの曲は言い方は悪いが「おまけ」的な感じで収録されている。晩秋を思わせるエルガー最晩年の傑作をデュプレ一世一代の熱い名演で聴いた後では,抑揚がなければ山もない退屈な音楽としか思わなかった。息の長い旋律,劇的な激しさとは無縁の穏やかなハーモニーに全曲が支配されている。しかし,じっと耳を傾けていると,人のいない英国の淋しい丘陵を思わせるようなハーモニーが聴こえてくる。エルガーと違ってチェロが目立った動きをするところはほとんどなく,協奏曲と言うよりは交響詩という印象を受ける。



■ファーガソン(1908-1999):室内楽・歌曲集
Discovery

(CHANDOS CHAN9316)
 林望氏のエッセイを読んだことがある人なら,「イギリスはおいしい」に出てくる,作曲家にして料理研究家であるハワード・ファーガソンの非常に手の込んだ「ファーガソン流ロースト・チキン」を記憶されている人も多いだろう。本CDではまだ生存していることになっているファーガソンも,林望氏によれば1999年に天寿を全うして世を去ったようである。しかし,実際のところ作曲家としてのファーガソンが残した作品を私が聴いたのはこれが初めてであった。ひとことでいえば,室内楽も歌曲も前衛的なところはほとんどなく,抒情的で非常に聴きやすい作品ばかりである。「ロースト・チキン」の方とは違って,手が込んでいるというよりは,メロディーと和音の美しさを素直に生かした音楽が美しい。最初期の2曲のヴァイオリン・ソナタ(作品2)は,フォーレの抒情とラヴェルの激しいリズムをミックスしたような第1番,静謐なアダージョと荒々しいアレグロをもつ第2番,共に魅力的。クラリネットのための「4つの小品」は,ちょっと哀愁を帯びたメロディーがクラリネットという楽器にぴったり。一方「3つのスケッチ」では,牧歌的でゆったりとしたメロディーがフルートの優しい音色で奏でられる夢見心地の気分が快い。「3つの中世のキャロル」は古いキャロルをモチーフに現代風なアレンジを施したものである。この曲に限らずエインズリーの深々としたテノールがすばらしい。アルバムタイトルにもなっている「ディスカバリー」は,5つの象徴的な詩に作曲したテノールのための歌曲集で,幻想的でとらえどころのない雰囲気が漂う。メゾ・ソプラノによる「5つのアイルランド民謡」は,ユーモラスな曲もあり無条件で楽しめる。Dromberg Stone Circleのモノクロ写真を使ったカバー・デザインも印象的。「ファーガソン流ロースト・チキン」を日本で味わうのはちょっと難しくても,ファーガソンの音楽なら日本でも容易に味わうことができる。休日の午後にゆったりとした気分で聴きたいCD。



■フィンジ(1901-1956):ヴァイオリン協奏曲・声とオーケストラのための6つの歌曲 他

(CHANDOS CHAN9888)
 2001年7月14日に生誕100周年を迎えたジェラルド・フィンジが話題に上ることは,日本では(一部の英国音楽ファンを除いて)ほとんどないようであるが,本国の英国では,世界初録音の作品を収録したCDが出るなど,静かながらも彼の生誕100周年を祝う動きが見られる。このCDも,世界初録音の「小オーケストラとヴァイオリンのための協奏曲」や,声とオーケストラのための6つの歌曲「In Years Defaced」を目玉にした目新しいプログラムのCDである。このCD,フィンジの生誕100周年ということを抜きにしても,実に素晴らしい音楽揃いで,20世紀の音楽は難解でちょっと苦手という人にこそ是非一度聴いていただきたい出色の出来ばえである。
 「In Years Defaced」のいかにもイギリスの田園風景を思わせる歌の数々は,素晴らしくロマンティックで情感豊か。大作曲家マーラーの「大地の歌」やオーケストラ伴奏付き歌曲集(「少年の魔法の角笛」や「さすらう若人の歌」)を思わせるところもあるが,むしろフィンジの歌曲集の方がドイツ・ロマン派の夢多き世界を思わせる(20世紀の英語歌曲なのに…)。一度聴いてすっかり気に入ってしまった。ジョン・マーク・エインズリーのすばらしいテノールが初録音に花を添えている。
 そして,目玉のヴァイオリン協奏曲も,全3楽章で約20分の小曲ながら,フィンジの個性が燦然と輝いている。第2楽章は,「ヴァイオリン・ソロと小管弦楽のための入祭唱 ヘ長調 Op.6」として単独で出版され,NAXOS盤にも収録されている(NAXOS 8.553566)が,全3楽章が録音されたのは,今回が初めてである。 エルガーのヴァイオリン協奏曲の冒頭をちょっと思わせる第1楽章アレグロのメランコリックな短調の主題,全体の半分の長さを占める第2楽章モルト・セレーノの情緒纏綿たる歌,一転して英国のカントリー・ダンスを思わせる第3楽章の楽しいホルンパイプ・ロンド。すべて素晴らしい。演奏もヴァイオリンを弾くタスミン・リトルの美音が出色。他に収められている小品,弦楽オーケストラのための「前奏曲」Op.25と「ロマンス」Op.11も,田園の憂愁に満ちたメロディアスな佳曲だ。「ロマンス」はNAXOS盤にも収録されているので,聴き比べも楽しかろう。リチャード・ヒコックス指揮のシティ・オブ・ロンドン・シンフォニアは,すべての曲でゆったりめのテンポを取り,フィンジの音楽の田園的な雰囲気を豊かに感じさせる。
 NAXOS盤の 「クラリネット協奏曲」と本盤の2枚を聴いて,ドイツ・ロマン派系統の音楽やフォーレの音楽が好きな人の波長に最も合う,20世紀生まれの英国人作曲家は,間違いなくフィンジだと思う。20世紀の音楽なのに,これだけ抒情的で,しかも陳腐でないのは信じられないほどだ。このCD,花・葉・実をイメージしたカバーやCDケースの洒落たデザインも素晴らしく,CHANDOSレーベルの意気込みがうかがわれる1枚である。プレゼントにも最高の1枚!



■フィンジ(1901-1956):チェロ協奏曲,エクローグ 他

(NAXOS 8.555766)
 ジェラルド・フィンジの最晩年(1955)に完成された「チェロ協奏曲 作品40」は全曲約40分の大作である。第1楽章アレグロの冒頭のフィンジにしてはいつになく物憂げなオーケストラの旋律を聴いて,大先輩であるエルガーの同じく最晩年の名作「チェロ協奏曲」を想い起こす人もいるだろう。チェロの旋律も以前に作曲された「クラリネット協奏曲」のような田園的な明るさというより,暗い悲劇的な情感に彩られたものだ。重い病を得たフィンジの諦念が反映された音楽といえるかもしれない。しかし,十分すぎるほど美しい。15分以上ある長大な第1楽章の終結部には見事なチェロのカデンツァがある。一転して第2楽章アンダンテはいかにも「フィンジらしい」牧歌的で優しい旋律から始まる。全編にわたって非常に美しい楽章で,チェロとオーケストラの掛け合いも見事である。奇妙なピチカートで始まる第3楽章ロンドは難技巧を要求されるチェロとオーケストラの絡みがおもしろい。とくにフルートやクラリネットなどの木管楽器が大活躍する。民謡風の旋律も現れるこの曲の中では明るい音楽である。解説によると,1956年の9月26日,フィンジは入院先の病院で自作のこのチェロ協奏曲の最初のラジオ放送を夫人のはからいで聴き,その翌日亡くなったということだ。この曲はフィンジ自身のレクイエムともなったのである。感慨深いエピソードだ。このCDでチェロを演奏しているのは,NAXOSに数多くの名録音を残している英国のティム・ヒュー。終楽章など技巧的にも完璧で,第1,2楽章の息の長い旋律の歌わせ方にも自国の作曲家に対する深い愛情が感じられる。
 フィンジ若き日の「ピアノと弦楽のためのエクローグ 作品10」(1929)は,元々はピアノ協奏曲の緩徐楽章として構想されたものであるが,実現せずこの曲だけが残ったものである。清々しいピアノソロと柔らかな弦の響きが優しく絡み合うフィンジらしい音楽である。
 ソロ・ピアノとオーケストラによる最後の「大幻想曲とトッカータ 作品38」は,明らかにバッハを意識した作品で,後半の速いトッカータがスリリングでおもしろい。「ピアノと弦楽のためのエクローグ」と共に,ピーター・ドノホーのピアノは急速な部分でもゆっくりした部分でも音の粒立ちがよい。とくにトッカータの演奏はよい。
 フィンジの生誕百周年であった2001年も終わってしまったが,それが終わるギリギリの時期にフィンジの作品集,とくに名作「チェロ協奏曲」のすばらしい演奏が廉価盤レーベルであるNAXOSから出たことは,英国音楽ファンのみならず弦の音楽が好きなファンにとって非常な朗報である。



■フィンジ(1901-1956):クラリネット協奏曲・5つのバガテル 他

(NAXOS 8.553566)
 正直言ってモーツァルト晩年の名作以外にこのようなすばらしいクラリネット協奏曲が20世紀にあろうとは思っていなかった。フィンジは田園生活をこよなく愛した人らしいが,クラリネット協奏曲にも静かで牧歌的な田園の情景が流れている。このような曲のソロ楽器として,柔らかく温かい音色のクラリネットほどふさわしいものはないだろう。いかにも田園的でメランコリックな第1楽章主題の美しさ。第2楽章アダージオのソロとオケのゆったりとした美しいかけ合いも心を打つし,一転して第3楽章の明るく快活なロンド主題は一度聴くと忘れがたい。フィンジがたとえこの曲1曲だけしか世に残さなかったとしても,「モーツァルト以降最高のクラリネット協奏曲を書いた作曲家」として音楽史に名を残したのではないだろうか。
 他に収められた曲も皆魅力溢れる佳品ばかり。「クラリネットと弦楽のためのための5つのバガテル」は,美しく優しいメロディーが素敵。「「恋の骨折り損」より3つのモノローグ」のロマンティックな美しさは20世紀の音楽とも思えない。初期の「セヴァーン組曲」にもフィンジの「田園的」個性ははっきりと聴いてとれる。「弦楽オーケストラのためのロマンス 変ホ長調 Op.11」の少しセンチメンタルな情緒もすばらしい。CD最後の「ヴァイオリン・ソロと小管弦楽のための入祭唱 ヘ長調 Op.6」は,ヴァイオリン・ソロの天上的な響きが恍惚感へと聴くものを誘う。ロバート・ブレインのクラリネット・ソロは,自然体で淡々とした吹き方がフィンジの田園音楽にマッチしている。オケのノーザン・シンフォニアも合奏の精度が高い。



■ホルスト(1874-1934):組曲「惑星」,バレエ組曲

(NAXOS 8.550193)
 「惑星」が英国音楽史上に占める位置は特殊である。20世紀の英国音楽でこれほど人口に膾炙しており,英国人以外の有名指揮者がたくさん録音している曲は他にあるまい。なぜそうなのか?ひとつは,もちろんその魅力的な曲名と,ハリウッドのSF映画音楽に通じる現代性であろう。そしてもう一つは,「惑星」の中で図抜けて素晴らしい「木星」の存在。もし,「木星」という曲がなかったら,これほど「惑星」がポピュラーになったとは考えられない。序奏のちょこまかとしたおもしろさと,(たしかにくさいかもしれないが)感動的な主題の対比。「木星」だけを聴きたくて「惑星」のCDを買う人は多いはずだ(私もその一人)。このCDはNAXOSの廉価盤ながら,演奏,録音共に質が高く,「木星」を聴きたい人の期待に十分応えてくれる。ヴァイオリンソロのある「バレエ組曲」も弦楽ファンにはおもしろい。



■ホルスト(1874-1934):管弦楽曲集

(NAXOS 8.553696)
 ホルストといえば「惑星」しかないと思っている人(私もそうでした)に是非奨めたい1枚。これは,バース近郊の街チェルトナムにあるHolst Birthplace Museumを訪れたときに,そこのショップで見つけた1枚。ホルストの顔は,「惑星」から想像される力強いものとは違い,やせぎすの体,眼鏡をかけ(彼は幼時から体が弱く,しかも弱視であった),いかにも繊細そうな顔つきをしている。彼が実際きわめて繊細な作曲家であったことは,このCDの何曲かを聴けば明らかである。どの曲もいいが,「惑星」とは全く違う土俗的なメロディーが出てくる「サマーセット狂詩曲」や,瞑想的なチェロと管弦楽のための「祈り」(同様にチェロとオケの曲であるブロッホのユダヤ的「祈り」と比べてみたらおもしろい)はホルストの別の顔を見せてくれるだろう。



■ホルスト(1874-1934):パートソング集(This have I done for my true love

(HYPERION CDA66705)
 イギリスの合唱曲といえば,私はどうしてもルネサンス期のタリスやバードの宗教曲や,多くの素朴なクリスマス・キャロルをまず第一に考えてしまうが,ホルストの優しく暖かいパートソングは一聴して気に入った。彼のキャロル「In the Bleak Midwinter」(このページのBGMです。)と共通した何ともいえない郷愁感がある。ホルストが英国伝承のフォーク・ソングやキャロルの素材を好み「再活用」したおかげで,繰り返し聴きたくなるような親しみやすいパートソングがたくさん生まれた。収録されている全27曲すべてがよいし,1曲1曲は短いのでどの曲がどうとは言いにくいが,とくに印象に残ったものを収録順で以下に。ヴォーン・ウィリアムズの弦楽曲でも有名な「Divers and Lazarus」のなつかしいメロディー,このCDのタイトルともなっている「This have I done for my true love」の美しいメゾ・ソプラノのソロ,晩年の「O Spiritual Pilgrim」におけるロマンティックな響き,「Spring」でのハープの美しいオブリガード,「In Youth is Pleasure」の文字通り昔を懐かしむような郷愁感,もの悲しい「I love my love」,プログラム最後の明るく勇壮な「Swansea Town」などなど。
 ホルストの名を冠しているホルスト・シンガーズの合唱は,さすがにその名に恥じぬ歌いぶり。明るい歌,悲しい歌,敬虔な歌…と曲の性格に合わせて表情豊かに歌い分けている。



■ハウエルズ(1892-1983):ヴァイオリンとピアノのための音楽

(HYPERION CDA66665)
 このCDに収められている3曲のヴァイオリンソナタ,「子守歌」,3つの小品は,いずれも1917年から1923年に作曲されたハウエルズ若書きの作品である。第1ソナタは1917年の作(完成は1919年)だが,偶然といっていいのか,この年はフランスでフォーレが第2ヴァイオリンソナタを,ドビュッシーがヴァイオリンソナタ(最後の作品)を完成した年にあたる。近代フランスのヴァイオリンソナタの名作が相次いで生まれた年だったわけである。ドビュッシーのソナタはもちろんのこと,フォーレの第2ソナタも19世紀的ロマンの世界からは遠く離れた渋い曲である。ところが,孫ほどにも年が違う若いハウエルズの第1ソナタは何とみずみずしいロマンにあふれていることか。1楽章を聴いただけで,歌うヴァイオリンと流れるようなピアノに引き込まれてしまう。全曲を通して,フォーレ若かりし頃の傑作第1ヴァイオリンソナタを思わせるようなフレッシュでリリカルな音楽といったらハウエルズのファンに怒られるだろうか。でもヴァイオリン好きの人だったら耳を傾けずにはいられない音楽だろう。
 第2ソナタは3曲のソナタの中で最もつかみどころのない夢幻的な音楽。全曲の長さの半分を占める第1楽章よりも,後の2つの楽章の方が私にはおもしろい。第2楽章のけだるい情感,そしてゆっくりと始まってすぐに急速なテンポになる活発な第3楽章。ヴァイオリンとピアノが相競うようなコーダの高揚感はすばらしい。
 第3ソナタ第1楽章冒頭の民謡風の旋律は,どこか懐かしいメロディーで一度聴くと忘れられない。第2楽章スケルツォのピチカートは鮮烈だ。最終第3楽章冒頭のピアノパートは,ホルスト「惑星」の「木星」の冒頭となぜかよく似ている。めまぐるしく動くヴァイオリンとピアノを聴いていると,テンポが急に落ち,第1楽章冒頭の懐かしい旋律が戻ってくる。ハウエルズはフランクのヴァイオリンソナタの循環形式を多少意識したのだろうか。3曲のヴァイオリンソナタに私の好みの順番をつけるとすると,1,3,2番の順となる。でも,いずれにせよもっと聴かれてよい曲ばかりだろう。ソナタ以外の小品もメロディアスな佳曲揃いで捨てがたい。とくに弱音器をつけて奏される"Luchinushka"の優しい味わいは捨てがたい。
 感覚的に「イギリス的」,「フランス的」というものがあるとすれば,ハウエルズの3曲のヴァイオリンソナタ,とくに第1番は私には「フランス的」な曲と感じられる。私がそう感じる理由の一つは,ピアノパートにフォーレやドビュッシーのピアノ曲と似た和音が響いている(アルペッジョなどに顕著)からである。どのソナタもピアノパートが大活躍しているので,フランクのソナタなどと同様ピアニストは相当大変そうだ。北アイルランド生まれのポール・バリットが弾くヴァイオリンは何よりも音が艶やかで美しく,ハウエルズのこのような曲にぴったり。キャスリーン・エドワースのピアノとの息も合っている。このデュオなら,フォーレやフランクでも素晴らしい演奏を聴かせるに違いない。



■アイアランド(1879-1962):室内楽作品集

(CHANDOS CHAN 9377/8)
 ジョン・アイアランドの残した室内楽作品をCD2枚に収録した好企画のアルバムである。CD最初の「ヴァイオリンソナタ第1番 ニ短調」は,ドビュッシーやラヴェルをより抒情的にしたようなフランス印象派的な味わいのある瀟洒な第1楽章にまず耳を奪われる。ヴァイオリンのメロディーラインも美しいが,伴奏のピアノパートも繊細極まりなく,ピアノ作品でとくに名高いアイアランドの面目躍如といった感がある。ひたすら美しい第2楽章ロマンス,民族舞踊的でリズミカルな第3楽章ロンドと,全曲約30分を超える大作にふさわしい内容を備えた傑作である。
 「ヴァイオリンソナタ第2番 イ短調」は第1番をより「フランス的」にした感のある繊細な弱音の魅力があるソナタ。私には第1ソナタの方がおもしろいが…。
 「クラリネットとピアノのための幻想ソナタ 変ホ長調」は1943年に作曲されたアイルランド最後の室内楽作品。ソロ楽器にクラリネットを選んだのは,渋い音色のクラリネットがアイアランドの枯れた心境を映すのにぴったりだったからだろうか。晩年のブラームスに通じる心境かもしれない。秋の残照を思わせる美しくも寂しさの漂う音楽だ。
 CD2枚目に入り,「チェロソナタ ト短調」はゆったりとしたチェロの叙情的な旋律が流れる第2楽章と,急速な第3楽章の対照がおもしろい。続いて「チェロとピアノのための"The Holy Boy"」は,元々は1931年に作曲されたピアノピース"Carol"をチェロ用に編曲したもの。愛らしい小品である。
 「幻想トリオ イ短調」は1907年のコンクールへの応募作品で,フランク・ブリッジに続く2等賞を獲得したヴァイオリン,チェロ,ピアノのための単一楽章のトリオである。ブラームスを思わせる重厚な和音が出てくるところが若書きの作ゆえだろうか。ドイツ・ロマン派の影響が濃いものの,ピアノパートなどにアイアランドならではの繊細なパッセージが聴かれる。ダイナミックで楽しい曲である。それに比べて同じ単一楽章の小曲でも,1917年作の「トリオ第2番 ホ長調」となると,アイルランドの個性がはっきりと表れたものとなっている。繊細な弱音の魅力を生かしたピアノ,よく歌うヴァイオリンとチェロ。ちょっとエキゾチックな魅力もある作品である。
 CD2枚目のメインは25分あまりの大曲「トリオ第3番 ホ長調」。ピアノの分散和音にのって夢幻的に始まるこの曲は,緻密な書法,3つの楽器のバランスのよさ,楽章による楽想の豊かな変化などからいって,アイアランドの室内楽作品の一つの頂点を築く傑作である。
 アイアランドの残した室内楽作品の鍵を握っているのは,やはり彼が得意としたピアノパートの書法である。22年間務めた教会オルガニストとしての経験も生きているのかもしれない。どの曲でもピアノのダイナミックレンジの広さ,和音の多彩さは傾聴に値する。ブリッジなどと違い弦楽だけの室内楽を書かなかったのは,彼が常に「ピアノのための」室内楽を書きたかったからではないかと思えてくる。



■アイアランド(1879-1962):ピアノ作品第2集
(NAXOS 8.553889)
 ドビュッシーやラヴェルのピアノ曲が好きな方なら間違いなく受け入れてもらえそうなのがアイアランドのピアノ曲だ。「ベルガマスク」という曲があることからも,アイアランドがドビュッシーを意識していたことは明らかである。ここに収められたのは,すべて標題がついた小品ばかりだが,印象派風の洗練された書法に加えて,英国的民謡風の懐かしくロマンティックな響きが耳を捉えて離さない。代表作「デコレーションズ」の曲想が違う3曲の描き分けがすばらしい。



■モーラン(1894-1950):弦楽四重奏曲変ホ長調,同イ短調,弦楽三重奏曲

(NAXOS 8.554079)
 これもブリッジの作品とならんでカルテットファンに薦めたい1枚。モーランはイングランドではなくアイルランドの作曲家。そのためか,至るところでアイルランド民謡の郷愁を誘う懐かしい調べが顔を出す。たとえば,若書きの弦楽四重奏曲変ホ長調の第2部。ちょっと泣けるメロディーだ。「赤とんぼ」に似た主題も出てくる。考えてみれば,日本で「イギリス民謡」として知られている歌の多くは実は「アイルランド民謡」である。情緒的でちょっとメランコリックなところが日本人の波長と合うのだろう。



■ロースソーン(1905-1971):弦楽のための協奏曲 他

(NAXOS 8.553567)
 これは弦の響きが好きな人なら,選曲,演奏,価格いずれの点からも見逃せない好アルバムである。20世紀の音楽といってもロースソーンの音楽はノーブルでリリカルであり,古楽が好きな私にも最初から最後まで楽しく聴けた。CDの最初に収められた「弦楽のための協奏曲」の静かな緊張感に溢れた美しい弦の響きが,まずロースソーンの魅力を典型的に示している。「フルート,ホルンと弦楽のための田園風コンチェルタンテ」,弦の小刻みな伴奏にのった冒頭のホルンの深々とした情感がすばらしい。短い「弦楽のための軽音楽(カタロニア歌曲による)」は底抜けに楽しいはじめの旋律と,後で出てくるメランコリックな旋律との対照が鮮やかな小曲。4楽章からなる「リコーダーと弦楽オーケストラのための組曲」は,20世紀の音楽でバロック時代の楽器リコーダーを使った珍しい例であるが,郷愁感に満ちた美しい曲である。「弦楽オーケストラのための哀歌風狂詩曲」はとりわけ弦楽合奏の妙味を味わえる曲。不思議な悲しみに満ちた曲である。最後の「室内管弦楽のためのディヴェルティメント」は,中間楽章の「子守歌」でのフルートと オーボエの優しい響きが印象的。ノーザン室内管弦楽団の弦楽陣の響きはとてもピュアで合奏の精度も高い。



■ウォルトン(1902-1983):ヴィオラ協奏曲,交響曲第2番 他

(NAXOS 8.553402)
 ヴィオラ協奏曲が何と言ってもすばらしい。ヴィオラ協奏曲というと真っ先に思いつくのはバルトークのものであるが,それに劣らぬ傑作だ。最初から最後まで飽きさせることがない。イギリス独特のノスタルジーに満ちた息の長い旋律をヴィオラのくすんだ音色が渋く奏でていく。トムターのヴィオラ・ソロも秀演。交響曲第2番の方も力感に溢れた作品。



■ウォルトン(1902-1983):ヴァイオリン協奏曲・チェロ協奏曲

(NAXOS 8.554325)
 ヴァイオリン協奏曲は,第1楽章アンダンテ冒頭ソロで奏されるロマンティックな主題にまず耳を奪われる。とても1939年に作られた曲とは思えないがすばらしい。この魅力的な主題がこの楽章の核となっている。急速で技巧的なプレストの第2楽章は,ピチカートが印象的。ヴィバーチェの第3楽章はプロコフィエフ的リズミックな音楽だが,ところどころで英国的メランコリーが顔を出す。ヴァイオリンのドン=スク・カンはいつもながらの体当たり的熱演。
 一方チェロ協奏曲の方は,ヴァイオリン協奏曲よりもぐっと渋い。第1楽章モデラートは茫洋としたとらえどころのない静かな音楽。一転して第2楽章アレグロは,重音の急速パッセージ等超絶技巧を駆使した激しい音楽。そして,この曲の白眉である最終第3楽章は,主題と4つの変奏曲からなり,オーケストラの表情が豊かである。最後は第1楽章の主題に回帰して静かに終わる。チェロのティム・ヒューが弱音をうまく使いながら息の長い旋律を緊張感をもって弾き込んでいくのは見事である。1曲あたり約500円でウォルトンのこれらの協奏曲を聴けるのはありがたいことだ。



■ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958):交響曲第3番「田園」,交響曲第6番

(NAXOS 8.550733)
 田園交響曲のヴァイオリン・ソロが美しい。イギリスの牧歌的な田園風景を髣髴とさせる。ヴァイオリン好きの人にはソロの箇所だけでも一聴の価値があるだろう。一転して第6交響曲は厳しく,どちらかというと暗い作品。



■ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958):交響曲第7番「南極」,交響曲第8番 他

(NAXOS 8.550737)
 中学生の時から名前だけは知っていたヴォーン・ウィリアムズの南極交響曲。それがこのような曲だとは聴くまで全く知らなかった。ソプラノ・ソロや合唱が加わっているといっても,ベートーヴェンの第9交響曲とは何という違いだろう。躍動,ダイナミック,歓喜,熱狂といったところとは対極にある曲。静かで,叙情的で,不気味なところもある。オケ・歌唱陣とも「雰囲気」をよく出している。第8交響曲の方はこのCDでは南極交響曲のオマケ的存在(ヴォーン・ウィリアムズに失礼?)だろう。



■ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958):仮面劇「ヨブ」,ロマンス「揚げひばり」

(NAXOS 8.553955)
 まず,NAXOSでは珍しい聖書(ヨブ記)を題材にした宗教画のCDカバーが印象的である。仮面劇「ヨブ」は,波乱の生涯を送る旧約聖書の「ヨブ」を題材にしているだけあって,ヴォーン・ウィリアムズには珍しく山あり,谷ありの抑揚がはっきりした作品。聴きやすい。彼の大作は交響曲だけではなかったのだ。ロマンス「揚げひばり」は美しいメロディーを持つ可憐なヴァイオリンのショウピース。短い曲だが捨てがたい。このCDもNAXOSの他のヴォーン・ウィリアムズ・シリーズ同様演奏は秀逸。



■ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958):管弦楽・室内楽作品集

(CHANDOS CHAN241-9)
 この2枚組CDは,CHANDOSの多くの音源からいろいろと収録したオムニバス盤で,録音時期も演奏家もまちまちだが,2枚で1枚分のお得な廉価盤のうえに,魅力的な小品が数多く収録されている。私自身ヴォーン・ウィリアムズの作品をそれほどたくさん聴き込んだわけではないけれども,管弦楽やオーケストラ伴奏を伴った声楽の小品には,彼の大作交響曲とはまた違った抒情的な魅力があるように思う。このCDで私のお気に入りは,フルートとヴァイオリンの天上的な響きが美しい"Two Hymn-tune Preludes(2つの賛美歌前奏曲)"の第2曲,優しく渋いビオラの音色をフルに生かした「ビオラとオーケストラのための組曲」,静かで澄んだオーケストラの響きとバリトンの歌うノーブルなメロディーが深い感動を呼ぶ「"The House of Life"からの3つの歌」,どこか懐かしい響きに溢れたクラリネットとピアノによる「イングランド民謡による6つの習作」など。そして何といっても私にとって一番忘れがたいのは,有名な「グリーンスリーヴスによる幻想曲」。この曲は,小学校のとき放課後の活動時間が終わり,児童に下校を促す音楽として,なぜか校舎中に大音量で毎日流れていた。もちろん,そのときこの曲がヴォーン・ウィリアムズの曲であるとは知るよしもなかったが,子供心にいかにも「さようなら!」という感じのちょっとさびしい曲だなあと思った覚えがある。本当のことを言うと,この曲を聴くために求めたCDなのであった…。



■ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958):室内楽曲集(幻想的五重奏曲 / 弦楽四重奏曲第1番ト短調 / 弦楽四重奏曲第2番イ短調)
(NAXOS 8.555300)
 20世紀の弦楽室内楽にバルトークの作曲した6曲の弦楽四重奏曲に見られるような革新性や前衛性を求める人にとっては,ヴォーン・ウィリアムズの曲はいささか折衷的かもしれない。しかし,そんなことに関係なく美しい音楽に耳を傾ける人,なかんずく英国情緒を愛する人にとっては,このCDに収められた彼の室内楽はまたとない贈り物になるはずだ。とくに,幻想的五重奏曲と弦楽四重奏曲第1番。私の第一印象は,ドビュッシーやラヴェルの弦楽四重奏にちょっと似ているなというものだったが,よく聴くと英国民謡風のメロディーやリズムを巧みに織り込んだヴォーン・ウィリアムズならではの音楽が聴こえてくる。とくにゆったりとしたテンポの楽章の情緒はすばらしい。老境に入ってから作曲された弦楽四重奏曲第2番は,上の2曲に比べると大分渋いが,第2楽章ラルゴの牧歌的な響きは英国の自然を思わせる郷愁感を誘う。これまでもイギリス物でNAXOSに名演を残してきたマッジーニ四重奏団の演奏は,どの曲でもヴォーン・ウィリアムズならではの郷愁感を大切にした演奏で,英国の室内楽の醍醐味をたっぷりと味わせてくれる。



■イギリス弦楽小曲集

(NAXOS 8.554186)
 20世紀イギリスの粋で洒落た弦楽オーケストラ曲を集めたアンソロジー。ジョン・ラター(1945-)の4楽章からなる「組曲」は実に弦の響きが伸びやかで,文句なしに楽しめる曲だ。とくにゆったりとした第3楽章のヴァイオリン・ソロの美しさはすばらしい。チャールズ・ウィルフレッド・オール(1893-1976)の「コッツウォルド丘陵の民謡」は,曲名通りコッツウォルズの田園風景といった感じの素朴でゆったりとした旋律が耳に心地よい。フランク・コーデル(1918-1980)の「チャールズ一世のガリヤード」は,ルネサンス風の古風な旋律が美しい小曲である。デヴィッド・ライアン(1938-)の「小組曲」は現代的なウィットに富んだ曲で,最初から最後まで急速なテンポで動き回る最終楽章は技術的にもおもしろい。その他の収録曲もメロディアスでなじみやすい曲ばかり。選曲良し,演奏良し,そしてバジェット・プライスとNAXOSの面目躍如たるお買い得の1枚。



■イギリス弦楽小曲集 第2集

(NAXOS 8.555068)
 第1集に続くイギリス弦楽小曲集の第2集には,ブリッジ,エルガー,アイアランド,ヴォーン・ウィリアムズ,ディーリアス,ウォーロックといった19世紀後半生まれの著名な作曲家の弦楽小品がたっぷり収められている。私の印象に残った曲をあげよう。大作曲家エルガーの「ため息」は,いかにもエルガーらしいメランコリーに彩られた美しい作品である。ヘイドン・ウッド「幻想協奏曲」は,重厚な弦の響き(ちょっとブラームス的)が印象に残る曲。ジョン・アイアランドの有名な「聖なる少年」は,短いながら繊細な弦の動きがすばらしい。ヴォーン・ウィリアムズの「チャーターハウス組曲」は,どの楽章にもちょっと古風で素朴な旋律が出てくる。ウォーロックの「ディーリアスの60歳の誕生日のためのセレナード」は,しっとりした弦の響きが心に残る。プログラム最後のブリッジ「サー・ロジャー・ドカヴァリー」では豪快で技巧的なオーケストレーションを堪能(迫力満点のコーダは圧巻)。第1集同様,弦楽好きの方に是非お薦めしたい出色の一枚である。



■イギリス弦楽小曲集 第3集

(NAXOS 8.555069)
 この第3集に収められた曲の作曲家で日本でも名前を知られた人といえばグスタフ・ホルスト(1874-1934)とジェラルド・フィンジ(1901-1956)くらいなのだが,どの曲も聴きごたえがする。珍しい曲で注目すべきは,レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」にちょっと似た感じのするウィリアム・ブレザード(1921-)の
「デュエット」, ヴァイオリン・ソロがロマンティックなマイケル・ヒュード(1928-)の「協奏的シンフォニア」,第2楽章レント・エスプレーシヴォがしみじみとした味わいのあるブルース・モンゴメリー(1921-1978)の「弦楽のためのコンチェルティーノ」などである。このシリーズすべてに言えることだが,ここに収められたイギリスの弦楽曲は20世紀の作品でも前衛的なところは全くなく,メロディアスで抒情に富んでいる。バルトークやシェーンベルクの曲のような厳しさと激しさを求める向きには物足りないかもしれないが,耳に心地よい音楽ばかりだ。


■イギリス弦楽小曲集 第4集

(NAXOS 8.555070)
 第4集になってもNAXOSの「選曲力」は健在である。ネタ切れの感は少しもない。イギリスにはこれだけすばらしい弦楽曲が埋もれていたのかと思わせる
曲ばかりである。ホルストの「ムーア風組曲」,ディーリアスの「2つの水彩画」,ブリッジの「2つの小品」は,作曲家は有名だが曲はあまり知られていないだろう。これらの大家の小品もよいが,ほとんど日本では無名の作曲家の作品にも光るものがある。1930年生まれのピーター・ホープの「モーメンタム組曲」の「間奏曲」などはちょっと甘くセンチメンタルな抒情が捨てがたい。アダム・カース(1878-1958)の「北方の歌」の民謡風のメロディーも素敵。ポール・ルイス(1943-)の「イギリス組曲」も躍動的なリズムが楽しい曲である。


■イギリス弦楽作品集

(NAXOS 8.550823)
 これは弦を愛する人すべてに薦めたいCDである。選曲よし,演奏よし,録音よしと3拍子揃っている。このCDで一番の大曲?ブリテンの「フランク・ブリッジ(先に紹介したブリテンのお師匠さん)の主題による変奏曲」は,同じ弦楽の曲といっても「シンプル・シンフォニー」よりはずっと現代的で,しかもユーモアが感じられる曲。ディーリアスの短い2曲もよいが,私の好きなのはヴォーン・ウィリアムズの「富者とラザロの5つの変奏曲」。あまりにもメロディーがセンチでくさい(とくにソロ・ヴァイオリン)と思われる向きもあろうが,晦渋な交響曲群とは全然違ったヴォーン・ウィリアムズの別の一面を見ることができる。英国滞在中にClassic FMでもこの曲がかかったから,英国ではポピュラーな曲なのかもしれない。16世紀フランスのダンス教則本に素材を求めたピーター・ウォーロックの「カプリオル組曲」も,古典的だが弦の響きが大変美しい曲である。



■ブリティッシュ・ライト・ミュージック選集

(NAXOS 8.553495)
 これはクラシック音楽というよりは,タイトルの通り本来は軽音楽に分類すべきなのであろう。しかし,20世紀前半という作曲年代を考えるとすでに十分「クラシック」である。当然のことながら,どの曲もじっと座って耳を傾けるといったタイプの音楽ではなく,むしろBGMに向いている。収められた曲の中では,ケテルビー作「ペルシャの市場にて」が最も有名だと思うが,最近ではこの曲でさえ演奏・録音される機会は稀であろう。それだけに,懐かしの曲を「まじめな企画」で復活させたというだけでもNAXOSの録音には意義がある。