◆ ZERMATT

ある程度物心ついてから見た風景写真の中で、「こんな景色はあり得ないだろう、これは映画のセットに違いない。」と思う風景のベストスリーにマッターホルンがある。あとの2つはカッパドキアとパムッカレで、いずれもTC2にあるものばかりで、自分の見聞の狭さが恥ずかしい。台中にある巨大なホタテ様の像と、香港のタイガーバームガーデンには、違った意味で度肝を抜かれたが・・・。
マッターホルンにはいくつか展望台があるが、私が好きなのはスネガとゴルナーグラードだ。スネガは地下鉄で5分で行けてしまい「情緒がない」とよく書かれているが、着いてからふもとまでのハイキングは、一番のルートだと思う。電車代もスイスには珍しく安い。また、スネガの駅に隣接する山小屋風レストランは、テラスもあり景色も良い。それにいつ行っても、赤ら顔で出来上がっているドイツ親父たちが集っている。
同行者Sは、「あれはスイス全土から選抜された、スイスの休日を演出するエキストラだ」と言い張る。Sによると、ドイツとスイス全土で『観光オヤジオーディション』があり、ハゲ具合が8割程度で、飲むと赤くなり、笑い声が豪快だという厳しい条件を突破し合格したものが、本部の指令により観光地に派遣されるそうだ。それ以上聞くのも面倒になったのでよく覚えていないが、グリンデルワルトやミュンヘンにも支部があるらしく、その証拠に同じ顔を見た事があるそうだ。
ここから山の稜線をたどりながら降りるハイキングは、空の上を歩いているようだ。秋の紅葉のときには、夢のような気分だ。途中に峠の茶屋があり、そこのケーキやコーヒーが意外とおいしいし、高くもない。テラスから谷の方を見下ろすと、現実ではないような妙な気がする。常にマッターホルンが前方に見えているのもポイントが高い。
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◆ GORNERGRAT

ゴルナーグラートは、反対に電車で40分近くかかるが、車窓からの眺めだけで人生変わったような気になる。終点にあるクルムホテルは、ミラノ大学の天文台があるほど空気がきれいなところで、夜中に空を見上げると、降るような星に言葉を失ってしまう。
西側の部屋からはマッターホルンが目の前に見える。本当に目の前で、岩の模様まで見える。ホテルの裏に上ると氷河が間近に見え、ここに滞在している間、何度見ても風景に飽きることなく驚きの連続だった。一番きれいなのは夜明けの、ばら色の空に浮かんだマッターホルンだ。一枚の絵を見ているようで、それが短い時間で終わってしまう事を残念に思った。
クルムホテルはハーフペンションで、ディナーもサーブされる。前菜、サラダバー、メイン、デザートだったと思う。あんなに不便なところにあるのに、結構おいしい。有線でアルペン音楽など流さないのも良い。
バスはなく、シャワーもトイレも共同で少し面倒だが、そもそも高度3千メートルを超えているので、あるだけでもありがたい。部屋はカントリー調で暖かく、洗面台もあるし、館内の調度品もセンスが良い。 |
◆ BRIG

ツェルマットからユングフラウ方面にいく場合には、必ずここで乗換えをするはずである。下車して歩いても面白い。イタリア風なシュトックアルパー城は、シンプロン峠の交易で栄華を極めたシュトックアルパー家の邸宅で、現在は開放されている。
駅前にミグロがあり、電車の中で食べる果物やお菓子やデリカテッセンを何度も調達した事あるが、何故だろう、店員さんはいつもみな親切で感じがよい。駅前の短いメインロードのカフェなどは、時間があればゆっくりしてみたい。夏には、日よけの下、人々が思い思いにくつろいでビールを飲んでいた。
秋に行ったときは、駅前で焼き栗が売られていた。イタリアのものよりも小ぶりで、天津甘栗の大きさだが、とても香ばしくて今まで食べた焼き栗の中でもベストスリーに入る。 |
◆ANDERMATT
アンデルマットの駅を降りると猫が近づいてきた。猫を飼い始めてから、猫に人気が出てきたようなのだが、実益は特にない。このとき持っていたプレッツェルのかけらをあげると、信じられないような顔をして首を振りながら去って行った。お気に召さなかった・・・なんてグルメな猫なんだ。
鉄道駅からロープウェイ駅までは10分くらい。ここからロープウェイを乗り継いでゲムシュトックまで行くと氷河が見えるというのだが、結論から言えばガスっていて何も見えなかった。私は日ごろの行いが良いので、こんな風に天気が悪い展望台は初めてだ。努力が足りないのだろうか、そんなはすはないが。ただ、展望レストランで寝ていた大きな犬に歓迎されたので、高いロープウェイ代を払ってきたかいがあった、はずあるかー!
帰りのロープウェイで、登山装備をした中年の日本人グループと一緒になる。この日はスイス中天気が悪かったのだが、一縷の望みを抱いて来てみたが、やっぱりだめだったということだった。その中で一人背広姿の添乗員がいたが、いやほんと、今一番この人と立場を変わりたくないと思った。 |
◆WENGEN

この地域で、どこに滞在したらいいかという相談には、常にウェンゲンを勧めていたが、何だかもう内緒にしておきたいとまで思っているほど、大好きな村だ。
ウェンゲンから見たベルナーオーバーラントの三山は、本当に美しい。どんな時間帯でも、顔を上げると静かに聳え立っている姿を見ると、宗教的な畏敬の念まで起きてくる。特に、ヴィルダーズヴィルの緑の谷越しに見る白い山々は、言葉さえ失うほど素晴らしい。
だがしかし、そうは言ってもリゾート地なので、レストランがべらぼうに高い。グリンデルワルトは俗化されているとは言うものの、そのせいでレストランの選択肢がかなりあるが、ウェンゲンでは高いお金を出すか、食べないかの選択しかない。
かろうじて小さなミグロが出来たが、ホットミールはもちろんない。また、ラストオーダーは夜9時なので、ちょっと部屋でグダグダ飲んだりしていると、断食をせまられる事があるので注意しなければならない。特に夏など、いつまでも日が落ちないので油断していると、大変な夜を過ごすことになる。 |
◆THUN
トゥーンには、まさに御伽噺に出てくるような、四つの塔を持つお城があり、スイスアルプスをバックに見ると、とても絵になる。ブラームスが愛した町ということで、「ブラームスの散歩道」などがある。
以前インターラーケン滞在のツアーで、トゥーンへ半日観光に出かけましょう、みたいな提案をパンフレットの中でした事がある。今思えば、自分のセンスの良さに惚れ惚れしてしまう提案だ。インターラーケンとトゥーン間には観光汽船が運航しており、晴れた日には船からアルプスが見える。隣の駅のシュピーツも、幹線への単なる乗換駅と思っていたら、意外なほど歩ける街であった。
トゥーン城は小高い丘の上にあるので、やはりアルプスが間近に見えて、スイスの町らしい素敵な写真が撮れる。街のメインストリートは、何というか説明は難しいのだが、2階建ての商店街になっており、一階部分はアーケードなので雨の日でもショッピングが楽しめる。
私が行った時には、秋祭りの日曜日で、三輪車を20台くらいつなげた、子供の乗り物などのアトラクションが町中を走り回っていた。インターラーケンよりよっぽど楽しめると思うのだが、ツアーにするには大型バスが入れるような大きなホテルがない。同じような理由で観光地化できない場所がスイスにはかなりある。ありがたいことだ。 |
◆LUZERN

チューリヒから40分ほどで行けて、アルプスへのアクセスも良いため、だいたいいつも日本から到着した初日に泊まるだけの町だった。以前、ルツェルンで半日自由行動が出来てしまうツアーを組んだとき、「ルツェルン町歩きガイド」という手書きの地図を作って配った事がある。
まさか、お客さんは、作った本人が、時差ぼけでもうろうとしたまま、白鳥や鴨を横目にワインを飲んで寝る、という滞在方法しかしていなかったとは思うまい。しかしある時、ゆっくり町を歩いてみると、これがなかなか面白かった。
城壁の上を、町をぐるりと回るようにして歩くと、ルツェルン湖と町が一望できて、晴れた日には近くに聳え立つにピラトゥス山も見える。嘆きのライオン像や氷河公園は、夜にしか行った事がないので大きな事は言えないが、スイスの町には珍しく記念写真が撮りやすいところだ。フラスコ画が残る旧市街や、対岸の細い石畳の路地など、一日歩いても飽きない。今度は、ケーブルカーでしか行けないお城のホテル、ギッチュにも行ってみたい。
また、ルツェルン湖を初めて見た多くの日本人は、その透明度に驚くだろう。水辺には、鴨や白鳥が緊張感なく寝そべっていて、とても絵になる。
右のカペル橋は、私が行ったときにはもうすでに焼失後で、新しく立て替えられた直後の写真だ。木も白く、最古の橋という感じはしないが、中の宗教画は焼け残ったものをいくつか使っているそうだ。 |
◆BERN
何度かストップオーバーで楽しませてもらった町だが、本格的に滞在するのは今回が初めてだった。滞在の目的は「たまねぎ祭り」。11月最終週の月曜日に行われるということなので、前々日からスタンバイしていた。昔、スイスを個人旅行で訪れる人のために、「ベルンを歩いて観光しよう」というリーフレットを手作りで作った事がある。道沿いに特色ある噴水がいくつもあり、それを辿りながら観光するという形にして、自分で言うのも何だが、かなり面白そうに仕上がっていた。最大の問題とては、作った本人が実際に歩いた事はなかった、という事だが。
駅からアーケードが続き、その下を歩いてゆくと前述の噴水がいくつかあり、ひとつひとつ見てゆくとやっぱり楽しい。アーケードを歩いていると唐突に地面に扉が開いている。「落とし穴か?」と思うが、昔は倉庫などに使われていた地下室を、最近ではお店などに転用しているそうだ。モダンアートのギャラリーや、インテリア店などおしゃれな雰囲気のショップが多かった。ぼんやり歩いていると確実に落ちる。アーレ川にぶつかった所が「熊公園」で、円形の穴の中に熊が2、3匹のそのそ歩いている。「ベルン」とはベーレン(熊)から来ているという事だし、そう言えばベルリンに行った時も熊の置物が町中に置かれていた。
そこから細い道を登ってゆくと、ベルンの町を見下ろせる公園がある。湾曲したアーレ川に抱かれた小さなベルンの町が一望でき、小さな町の個々の人生まで見えるような気がしてちょっと感動である。国会議事堂の裏からもアーレ川を見渡すことができるが、こちらの方が本当のベルンの町を見ているという気がする。
たまねぎ祭り

毎年11月の最終月曜日にベルンで行われるお祭り。ガイドブックにはあまり載っていないし、祭りのために市内の宿泊施設が満室になってしまうような事もない。あまりの資料のなさに、本当に行われるのか心もとないながらも、2,3日前にベルンに到着した。私の想像では、この時点で駅に『歓迎!たまねぎ市へようこそ!!』という垂れ幕が掛かり、気の早い業者が玉ねぎを売っているはずだったのだが、別に普通の日と変わりがない。市が立つと思われる日は、日本へ帰国する日でもあったので、それまでベルンの市内やヌーシャテルに足を伸ばしながら、市の飾りつけがいつ始まるかと思っていた。しかしよく見ると、ケーキ屋さんのショーウィンドーに、マジパンの玉ねぎ発見!初めてここで、確信を持ち始める。
朝、7時、外は真っ暗で、部活の朝練に行くときを思い出し、ブルーになる。ヨーロッパの冬の朝は本当にどんよりしている。日本の冬は、関東地方ならばまだ比較的日の出が早く、晴天の美しい青い空と富士山が見え、爽やかな気持ちになるが、毎日こんな風に暗い朝だと気が滅入るだろう。ホテルから国会議事堂の方へ歩くと、駅の前が明るくなっているのが見える。こ こから、市が始まっていた。
屋台にはきれいにドライフラワーで飾りつけされた玉ねぎや、意味不明な玉ねぎのオブジェ、玉ねぎで作ったねずみや猫や時計など、玉ねぎの可能性を感じさせる作品が数多く売られていた。そして、地面には紙ふぶき。この市に参加する人はなぜか紙ふぶき(コンフェッティ)の大袋を持ち、やたらと人に振りまく、という習慣があるらしい。
しかし、子供じゃあるまいし、30過ぎて紙吹雪もないだろう、と思っていたら、正面から歩いてくる50がらみのオッサンが、紙ふぶきにまみれているではないか。さらに広場の方に進むと、有無を言わせず子供達が紙吹雪を投げつけてきた。問答無用である。
同行者Sは、「丸腰の者を襲うとは、武士道の・・・ふぎゃっ」と言う間に、ボコボコにされていた。だんだん夜が明けてくると、紙吹雪がカラフルな絨毯のように地面に散っているのが見えてくる。紙吹雪を投げるのは大人と子供半々だ。時に大人が子供と真剣に紙吹雪のかけ合いをしており、たまたま巻き込まれると再起不能にされる。
私たちのような東洋人の観光客に、何の遠慮もなく投げつけてくるのは子供達で、大人は「今から投げますよ〜、えいっ」と、ちょっと遠慮がちだった。またたまに、ピコッと音が出るおもちゃのハンマーで叩かれるが、これは想像以上のダメージだ。11時までにクローテン空港に行かなくてはならないので、9時にはたまねぎ市を後にしたが、次回来るときには必ず紙吹雪を持っていこうと心に誓った。
ちなみにすぐ後に乗った東京行きの飛行機の座席に、紙吹雪がぱらぱら散らばったのはともかく、その後しばらくの間コートやバッグからも続々出てきて、「紅白に出場するとこんな感じかな?」と思った。
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◆GRANDVAUX

ローザンヌからジュネーブに行く途中の、ローカル線の車窓からレマン湖が見え、線路と湖の間は9月には一面のブドウ畑だった。当時羽振りが良かったので、荷物をライゼゲペックでジュネーブまで送っていたので身軽に途中下車することとなった。
降りた駅はGRANDVAUX。VAUX州にあるGRANDな駅・・・では全くなく、小さな村だった。取り敢えず湖に向かって降りてみる。ブドウ畑では、摘み取りの真っ最中で、プラスチックのかごに山のように葡萄が盛られているが、ワイン用なのできっと食べてもおいしくはないだろう。道には誰も歩いていない。
時々、荷台に葡萄の籠を満載にした軽トラックが、作業員と共に通り過ぎてゆく。村の入り口らしい噴水のある広場に出た。誰もいない。とても静かだ。自分の観光客さかげんが、場違いに思えてくる。ブドウ畑に向かうと、湖を見下ろすベンチがあった。そこから見たレマン湖と対岸の町の霞んだ世界は、一枚の絵のようで、自分がそこにいるのが不思議な気分になる。いつま でも座っていられる。忘れられない場所だ。
駅に戻る途中に、一軒のレストランがあった。外は静かで誰にも会わなかったのに、レストランのドアを開けると大盛況の人声が・・・。2時過ぎだというのに、レストランはほぼ満席。テーブルからはレマン湖とブドウ畑が一望でき、テラスにも席が用意されている。
食事はフレンチで、アラカルトもできる。ワインはもちろん地元産のもので、ここでも10dlから注文できる。最初に白の50dlを頼んだのだが、フルーティで新鮮でとてもおいしく、景色と空気と相まって最高の食事となった。お店の女性も的確なワインのアドバイスをしてくれる。
ただし、もう少し飲みたいと思って30dlを注文したつもりが50dlで来てしまい、昼から2人で1リットルも飲んでしまったのは大きな過ちであった。 |
◆GENEVE
ジュネーブはフランス語圏にあるせいか、おしゃれな女性が多い。また、移民が働いている割合も、他のスイスの都市に比べて多いような気がする。町の中心にレマン湖があるが、街中にあるとは思えないほど透明度が高い。生活廃水などは流れ込んでいないのだろうか、いつ行っても驚いてしまう。
旧市街の日よけのあるようなマンションは、私の推測ではお金持ちの別荘のようだ。しかし、空港へ行くまでの道には荒れた感じの地区もある。物価は驚くほど高い。朝食は、どちらかと言えばフランス風で、クロワッサンとカフェオレとジャムだった。黒パンやミューズリーなどが懐かしい。

ちなみに、国際航空運送協会(IATA)の本部がジュネーブ空港のすぐそばにある。世界中の、国際航空券の発券ができる旅行会社は、殆どが8桁のIATAナンバーを持っているはずである。日本では1630から始まる8桁で、IATA店舗では目立つところにIATAのマークも貼られているはずだ。航空券発券に携わるものなら、「ここで運賃規則が作られているんだなあ」と胸熱くなる場所らしい。
以前、発券課といえば、航空券の真っ赤なカーボンで、終業 時には手が赤くなっているのを自慢げにみせられたものだが、今はOPTAT券という、搭乗券としても使える、カーボンを使わない様式の物になった。このOPTAT券を日本で独占印刷しているのが、ISETO印刷というところだ。発券課としては、この印刷会社もちょっと見てみたいらしい。
また、昔赤いカーボンの航空券を日本で独占印刷していた光村印刷は、今何で食いつないでいるのかも心配だということだ。
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◆LAUSANNE(OUCHY)
ローザンヌに最初に行ったときに、何を思ったか「シャトーホテルに泊まりたい」、などとロマンチックな事を思い浮かべ、ローザンヌのシャトードゥーシーを予約した。文字通りウーシーにある城である。レマン湖に面した石造りのお城で、なるほどロマンチックであった。
部屋は全部作りが違うので何とも言えないが、稲川淳二が泊まったら幽霊にあえる事確実な薄暗さ。調度品はいかにも由緒ありそうで、高価そう。中世のお城はこんな感じだっただろうと思える。部屋からはレマン湖が見え、本当にロマンチックだった。夜は対岸のエヴィアンの光が幻想的に瞬いている。
ローザンヌは世界最古の地下鉄が通っており、終点はこのウーシーのホテルの前なので、意外とアクセスは良い。朝はサンルームのような、ガラス張りの朝食室で食事が出来るのも、上流社会っぽかった。100メートルほど湖沿いを歩くと、良くヨーロッパやアメリカの小説でお金持ちが長期滞在するような5つ星ホテルが並んでいる。そういったホテルは一泊3万円以上するが、シャトードゥーシーは当時湖に面した部屋でも200フラン(16,000円位)だった。 |
◆PONTRESINA

ポントレジーナは、サンモリッツより奥に入ったリゾート地なので、あまりにぎやかではないのがいい。私が行ったときには晩秋で、スイスにありがちな中途半端なシーズンのため、スキー客で賑わうはずの町の中心はとても静かだった。
ちなみに、この、夏が終わり、スキーシーズンが始まる前の十一月、スイスの観光産業の人々は、ホテルや観光局をクローズして、何をしているのかと言うと、世界中に観光ミッションをしているのだ。この時期、日本の、主催旅行をしているような大手旅行会社には、連日スイスの地方観光局員やホテルのオーナーなどがプロモーションに訪れているはずだ。
翌日、駅で自転車を借りてロゼック渓谷へ。気がつかないが、ゆるやかな上り坂であるし、舗装もされていないが、周りの森や小川などの景観が素晴らしく、あまり苦にならない。駅の自転車はマウンテンバイクで、12段変速という結構本格的なものなのだ。
ちなみに、ツアーなどでは、ここの区間は馬車に揺れられていく事になっている。珍しく冬にも運行しているので、冬に来たときにはぜひ乗ってみたい。終点はロゼック氷河の見える渓谷。
セルフサービスのレストランがあるが、観光地価格となっており、平地の約1.5倍だ。しかし、あんな奥地にあるにしてはおいしいので仕方ない。恐らく冬はスキー場になりそうな広い渓谷に、氷河が間近にせまり、紅葉と青空とのコントラストがさわやかだった。帰りはゆるやかな下り坂でとても面白くて楽ちんだ。 |
◆ZURICH
晩秋の頃、チューリヒに行った。それまでは、いつも通過するだけの町だったのだが、同行者Sが添乗に行った時、かなり気に入ったらしい。着いたのは夜で、クリスマスのイルミネーションが町中を飾っており、キラキラして美しかった。ビストロに入ると、ちょうど日本からの出張から帰ったばかりという隣のおじさんが、知っている限りの日本語で話しかけてきて面白かったのだが、言葉の壁は厚く会話が続かなかった。いつもこういう場面で、気さくに話しかけてくる人ともう少し会話をしたいと思うのだが、なぜか話しかけてくる人は英語があまり通じない人が多いように感じる。やはりドイツ語を習うために思い切って留学しなくては、と思った。たぶん留学先は、船橋駅前になると思うが。
翌日、リマト川の左岸を聖ペーター教会から歩き始めフラウミュンスターを経由し、リンデンホーフの丘から湖を見下ろす。この丘は公園になっており、街中の良いオアシスになっている。右岸には2本の尖塔を持つグロスミュンスターがあり、尖塔の先まで登ると遠くまで見渡せて、スイスの都会であるチューリヒがいかに小さいかがわかる。

ユエトリベルク行きのトラムの途中駅TRIEMLIから乗る。ここにある5星ホテルに泊まったのだが、少し高台にあり、夜景がきれいな部屋だった。このホテルは当時、気絶するほどのディスカウント料金を出していたのだが、そうでもなければ決して泊まれない高級ホテルだ。
前夜、弱い雪が降っていたので、地面がうっすらと白くなっていた。木についた雪が凍って樹氷のようでとてもきれいだ。トラムでユエトリベルクに向かうと、どんどん雪が厚くなってゆくのがわかる。ヨーロッパの都会と自然の近さは、本当に うらやましい。
うっそうとした森の横に電車が止まり、そこからは滑り止めの塩が撒いてある、森の中への坂道が続いている。日曜の朝だからか、人はあまりいない。5分ほど歩くと頂上に着き、そこからは素晴らしいチューリヒ湖の眺めを楽しむ事ができる。私が行ったのは初冬の頃だったので、雪景色とグレーのチューリヒ湖、遠くに見える白いアルプスが美しい、鈍い輝きの冬景色を作り出していた。
しかし、その横にダチョウを模した屋外ベンチが並べられ、またそのダチョウの顔が極悪なのだが、一体あれは何を表現していたのだろうか、謎である。他にも妙なモザイクのオブジェなどが置かれ、もしかしたら超有名なモダンアートの旗手がプロデュースしているのかもしれないが、ハッキリとはわからなかった。
駅舎に隣接したカフェで、グリュワインを飲んだが、凍えた体に染み込むようでとてもおいしかった。
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◆ NEUCHATEL

ヌーシャテルの駅は高台にあり、ヌーシャテル湖に下ってゆくまでの間に町がある。昔、ツアーの企画書を出した時に、「ムルテンから船に乗ってヌーシャテルに近づくと、高台に並んだキャラメル色の町が出迎えてくれる」みたいな赤面するコピーを書いた事がある。実際に行ってみるとその通りではないか。企画書は、あっさりボツになったが。
旧市街から続く急な坂道と階段を登ると、コレジアル教会と牢獄塔があり、ここからヌーシャテル湖を一望できる。町を登るには、エレベーターのようにほぼ垂直にあがるケーブルカーも利用でき、これは町の足らしく、一応有料ではあるが係員はいない。オルヴィエートのエレベーターもそうだが、高低差のある町では、特にお年寄りが歩きにくいのだろうと思う。
この町は、ハンガリーからの亡命者アゴタ・クリストフが最初に住んで、フランス語を覚えた町だ。その後彼女は作家となり、東欧(恐らくハンガリー)を舞台にした小説3部作をこの町で書いた。4作目の舞台はヌーシャテルではないかと言われている。
チーズで有名な町だが、時計産業も有名である。スイスの時計産業は、フランスから逃げてきた新教徒がジュラ山脈沿いの地に定着させたので、このあたりの町からジュネーブにかけては、町の規模からは想像もつかないが、世界的に有名な高級時計の本社が目白押しである。
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◆ SCHAFFHAUSEN

同行者Sが、ある年の秋、2週間ほどシャフハウゼンへ海外出張に出た。ある業界の研修旅行のコーディネイター兼ガイドで行ったのだが、滞在中もメールやファックスでシャフハウゼンの美しさを報告、というか自慢するので、いつか行ってみたいと思っていた。そんなわけで、今回同行者Sは「添乗員S」として活躍してもらうため、コースはおまかせである。というか、「私をお客さんだと思って接待をお願いします」という気持ちをダイレクトに押し付けたのだが、本人には通じていなかったようだ。
シャフハウゼンはライン川に面した小さな町で、近くにはラインで唯一の滝があるそうだ。また、ドイツ語圏の中で時計産業が盛んな町で、装飾時計というよりは、精密な実用的時計が生産されている。とはいうものの、高級時計には変わりはない。
町の端にムノートという城塞があり、ぶどう畑に囲まれた円形の要塞を登ることができる。その頂上からライン川とシャフハウゼンの町が一望でき、城塞の下の部分では鹿がのんびり草を食べている。この城塞は、作ってからよくよく考えると何の防御もできない事に誰かが気づき、砦として機能したことはないそうだ。以上、添乗員Sが現地ガイドさんから聞いた話を思い出しながらのガイドである。もうこの時点でこの町の概略がわかり、私の中でのSの町案内は完結していた。
ところが、駅前に来ると添乗員Sは、先ほどよりも饒舌に流れるような説明を始めた。「このホテルのフロントには大変お世話になった。というのも、インターネットの環境が良くなくて電話の発信方法を・・・以下略」「毎日このスーパーでお酒を買った。一人で飲むにはワイン一本は多すぎだが、この町に来た以上は・・・以下略」「時々このレストランで食事をしたが、お兄さんが親切でメニューについて相談にのってくれて・・・略」。まるでこれでは、「シャフハウゼンの町案内」というよりは、「添乗員Sがシャフハウゼンでどのように過ごしたか案内」ではないか。
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◆ STEIN AM RHEIN

シュタイン・アム・ラインは「ライン河畔の石」という意味なのだが、パンフレットでは良く「ラインの宝石」って拡大解釈な表現をしてたなあ。
小さな城壁都市で、壁絵がきれいな町だ。グラウビュンデンの画家「アロワ・カリジェ」が壁絵を描いたホテル・アドラーを目当てに行ったのだが、町の雰囲気とカリジェの絵がとてもよくマッチしていた。カリジェの絵は、クールのホテル「シュテルン」の内装にも使われているが、色使いが美しく楽しげな絵が多い。
美しい町だが本当に小さく、それなのにドイツから周遊してくるツアーは、この町に立ち寄る事が多い。時間帯によってはかなり観光客がいるのだろうが、私が行った時にはまばらだった。ヨーロッパに行くと何度も考えるが、幼い頃からこのような美しい町で育った人の美意識は、日本人の私とは大きく違うのだろう。 |
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