Tea & Foods


■「イギリスのお菓子 楽しいティータイムめぐり」

北野佐久子 著(集英社be文庫)¥730
 北野佐久子さんのイギリス菓子やティータイムに関する多くの著作には内容の重複もあって,必ずしも新鮮とは言えない部分もあるのだが,それでも私は本屋で新刊を見かけると立ち止まって手に取り,結局は買ってしまう。ロンドンではなく,個性的な地方都市や美しいカントリーサイドに軸足を置いたお菓子・ティータイム紀行がイギリスに対する郷愁感をそそるからである。本書ではコッツウォルズや湖水地方の家庭を訪ね,英国人の主婦に教わったレシピがたくさん載っている。イギリスらしいダイニング・ルームや庭の写真も楽しい。北野さんの好きなバースもちゃんと出てくる。バースの丘の上(バースは丘だらけだが,いったいどこの丘のことだろう?)の華麗な家に住んでいるエリザベスさんが紹介するお菓子はレモンカード,ビクトリアン・サンドイッチ,スコティッシュ・ショートブレッドの三つ。とても美味しそうだ。
 あとがきで北野さんが「スコーンの味が再現できるように,日本でもイギリスのような荒挽きの粉をつくってくださる会社があれば,と心から願う今日このごろです。」と書いているのだが,私も全く同感である。イギリスに滞在してスーパーで小麦粉を買うと,日本とは全然違うのにすぐに気づかされる。前述のように荒挽きであるし(色も少し日本より黒っぽい),はじめからベイキングパウダーが入った「セルフ・レイジング」の粉も普及している。日本に帰国するときに日本では手に入らないだろうと思いイギリスの小麦粉をいくらか買って持ち帰った。もちろんその粉はすぐになくなってしまったが,日本製の小麦粉よりスコーン独特のボロッと崩れる質感が出たのは確かである。粉はすべての基本ということか。



「英国ヴィクトリア朝のキッチン」

ジェニファー・デイヴィーズ 著/白井義昭 訳(彩流社)¥2,800
   ディケンズ,オースティン(時代的に少し早いが)の小説やシャーロック・ホームズが好きで,しかも食べることに興味のある人なら,誰でもヴィクトリア朝時代の食生活に興味を持つはずだ。そういうわけで私もすでに本欄で紹介した「ジェイン・オースティン 料理読本」「シャーロック・ホームズ家の料理読本」という本を持っている。あまり似たような本ばかり買っても…という気持ちもあったのだが,この本の帯の「ヴィクトリア朝の英国貴族は何を食べていたのか? 19世紀のカントリー・ハウスのキッチンをリアルに再現」という宣伝文句と,本をめくってみたときのおもしろそうだなという直感から購入したものである。他のヴィクトリア朝料理本とは異なるこの本の特徴は,「料理のレシピ」そのものよりも,まず「キッチン」という視点にこだわってヴィクトリア朝時代の食文化を再現してみせていることにある。著者の意志は徹底していて,第1章はまず「キッチンの見取り図」から始まり,「女主人」,「使用人」,「キッチン用品」…の章へと続いていく。そして,キッチンとは切っても切れない関係のものとして,「菜園」や菜園で採れる果物や野菜を利用した「保存食品作り」の重要性が強調されている。三度の食事やアフタヌーンティーが出てくるのはずっと最後の方である。文章の内容的おもしろさもさることながら,キッチンの構造,道具類,料理の再現写真や当時の貴重な図版は,理解を大いに助けてくれる。この本の価値はそれだけにとどまらない。貴族の屋敷の中における階級社会や,ヴィクトリア朝時代の社会現象や価値観までもが「キッチン」を通してくっきりと浮かび上がってくる。さらに料理好きの人のためには,巻末に「実際に作れる」ヴィクトリア朝の料理のレシピが豊富に載っている。少々高いがその値段に相応しい内容を備えた好著。



「A Taste of Britain 英国の味は楽しい!」

(駐日英国大使館)¥762
   英国の味がすべて楽しいわけがないことは,日本人なら英国滞在初日にして気づくことであるが,失敗や経験を重ねて自分の口に合った楽しい味を選ぶことは誰にでもできる。それは外食するときもスーパーで買物するときも同じことだ。本書は駐日英国大使館が発行しているだけあって,いかにも(皮肉で言っているのではない)おいしそうな英国のフードや料理,さらにはアルコール類や調味料までもがたくさん紹介されている。この中で私がまず懐かしく思うのは,サマーセットの農場で作られた絶品のチェダー・チーズであったり,英国滞在中は何回も作ったミンス・パイであったりする。春先のウェルシュ・ラムもいいな。フミアキなら,まずは大学近くのパブでさんざん飲んだスタウトやエール,かずしやせいじならキャドバリーのチョコレートやウォーカーズのクリスプスをあげるだろう。HPソースやマーマイトは口に合わないのでパス…。日本では食べられない濃厚極まりないクロテッド・クリームをたっぷりつけたスコーンも英国で最も楽しい味の一つではなかろうか。うちの場合最近いちばんお世話になっている英国の食品は何だろうかと考えてみるに,それは紅茶を別とすると,今やスーパーで時々特売されるショート・ブレッドではないかという気がする。皆さんはいかがでしょうか。



「British Natural and Organic Foods Directory 英国のナチュラル・オーガニック食品」

(英国市場協議会・社団法人 日本輸入団体連合会)非売品
 これは本ではなく,パンフレットと呼ぶべきものなので,本欄で取り上げるのは少しためらわれるが,ただでさえ一般にはあまり知られていない英国の食品,しかもナチュラル・オーガニック食品となるとほとんど注目されることもないだろうから,紹介する価値はあるだろう。英国のナチュラル・オーガニック食品の動向と,チーズ,プリザーブ類,ジュース,茶,菓子などの製造・販売メーカーが具体的に紹介されている。パンフレットの上の右から二つ目の写真は私たちも最もお世話になったスーパー,セインズベリーのアイスクリームである。最近英国の大手スーパーではオーガニック製品の販売が急速に伸びているらしいが,とくにセインズベリーは英国の全オーガニック製品の30%を販売しているらしい。たしかにセインズベリー・ブランドの食品にはあちこちで"Organic"の文字を見かけた。ロースト・チキン用の丸鶏にも"Organic"のシールが貼ってあるものがあって,普通の鶏よりも値段が高い。高くても売れるということは,英国も日本と同様食品への安全志向が強まってきていることを示しているのだろう。英国では日本で問題になった複数の食品会社による偽装のような事件は起こっていないのだろうか。食品の豊富さでは世界に冠たる日本であるが,安全性に関しては,気がついてみると英国よりはるかに遅れていたという事態にならないためにも,英国に限らず他国の食品安全性に対する取り組み方を知り,学ぶことは大切であろう。
 
*本パンフレットは非売品です。ご希望の方は英国大使館に問い合わせてください。


「ケーキの世界」

村山なおこ 著(集英社新書)¥720
   本書のタイトルからして,ケーキ好きにはそそられるものがあるだろう。菓子愛好家・菓子コーディネーターという肩書きを持ち,「TVチャンピオン 甘味王選手権」準優勝者であるケーキ・オタクの著者であるから,現在の日本のケーキ事情を知り尽くしているのは当然だ。ティラミスに始まる日本の菓子ブームの変遷,デパ地下のケーキ,パティシエの興隆,おいしい菓子店を見つけるヒント等,雑学的な話題がある一方で,日本の洋菓子の歴史,素材の知識といった少しかたい話題もあって,コンパクトな新書判ながら,まさに「ケーキの世界」というタイトルにふさわしい内容となっている。さて肝心の英国菓子は,第4章「世界のケーキ図鑑」で何と6ページも割いてもらっている(著者に拍手!)。イタリア菓子とほぼ同じ扱いだ。イラストと注釈付きで登場するのは,パウンドケーキ,スコーン,クリスマス・プディング,トライフルの4種類。解説も要を得ており,これを読んでイギリス菓子に興味をもつ人が一人でも増えてくれれば嬉しいことである。



「チーズ図鑑」

文藝春秋 編/丸山洋平 写真(文春新書)¥930
 本書はハンディな新書版でありながら,日本で入手しやすいヨーロッパ各国のチーズ全321種類をオールカラーの写真で紹介した図鑑である。見やすい写真に加えて,産地,原料,製造所,形状,MG(脂肪分),表皮・中身の状態,熟成期間,季節,食味等のメモ,そのチーズに合う飲物などの情報がぎっしりと詰まっている。全ページ数の半分以上(約80種類)をフランスのチーズが占めているのは,その実力からいって妥当なところだろう。英国でも,スーパーではたくさんのフランス産チーズが並んでおり(フレッシュなブリなどが日本よりはるかに安い値段で売られている),むしろ英国産のチーズより好まれているのではないかと思われるほどだった。
 肝心の英国産チーズであるが,本書では10種類が紹介されている。この中には,チェダー,ウェンズリーデイル,スティルトンのように私が英国で食していたチーズがある。バースを訪れる方なら,郊外に車でちょっと足を伸ばしていただければ,サマーセットの片田舎にあるファームハウス,Chewton Cheese Dairyのすばらしいチェダーチーズを味わうことができる。ここのチェダーチーズを食べると,フランスのチーズみたいに洗練されてはいないかもしれないが,英国のチーズも捨てたもんじゃないなと思うのである。
 この本には,見たことも聞いたこともないような英国のチーズもいくつか載っている。黒ビールのポーターをチーズに沁み込ませたため,マーブル模様を呈している文字通り「ポーター」という名の美しいチーズや,何度も名誉ある賞を取ったというデボンの山羊乳チーズ「ティクルモア」などは,是非一度味わってみたいものだ。山羊乳のヨーグルトはどうしても好きになれなかったが,山羊乳のチーズは特有のクセにいったん慣れるとヤミツキになる。眺めているだけで必ずやチーズとワインがほしくなる図鑑。チーズ好き必携!



「ビール大全」

渡辺 純 著(文春新書)¥760
 「チーズ図鑑」と同時にこのような本を発売するとは,出版社の文藝春秋はヨーロッパの政府関係機関か食品・飲料会社の回し者であろうか。これは冗談として,「チーズ図鑑」の方と同様,本書もビール好きには必携といってよいガイドブック兼読み物である。しかも嬉しいことに,チーズの方ではやや冷遇?されていた「イギリス」が,本書では堂々と主役の座に踊り出るのである。それは,ビールがすべてラガー(下面発酵ビール)に画一化していくという,ビールファンにとっては甚だ面白くない世界の潮流に抗して,(ラガーを飲む人が増えたとはいうものの)依然として昔ながらのエール(上面発酵ビール)をたくさん作っているイギリス(アイルランドを含む)への著者の思い入れという面もあろう。
 第2部「世界のビールを訪ね歩く」の冒頭で,イギリスには「ビールなしには暮らせない人々」という小見出しがつけられ,ペールエール,ポーター,スタウト,オールドエール,スコットランドのエールなどの逸品が数多く紹介されている。このうちの何種類かは,地方の酒量販店でも手に入るから,今や誰しもイギリスのエールを日本で味わうことが可能である。イギリスのパブでは,よく週替りのスペシャル・エールとして,いわゆるイギリスの「地ビール」が飲める。いちいち銘柄をメモしなかったのが残念だが,その中にはしばしば本当に美味しいエールがあった。イギリス編に続くのはアイルランド編であるが,この国のビールといえば,もちろん世界に冠たるギネスにほかならない。ギネスは世界で毎日1000万パイント(約500万リットル)飲まれているらしいので,「いま世界のどこかでだれかがギネスを飲んでいる」ということになるらしい。日本の2大ビールメーカーのシェア争いといった内輪の話ではない。もちろん英国滞在中にうちがいちばんお世話になったビールもギネスであった(今もときどきお世話になっている)…。この他にも,もちろんベルギー,ドイツ,チェコなどの個性的なビールも紹介されている。
 さて,ビールやイギリスの食文化史に関する薀蓄話がお好きな向きには,第1部「そもビールとはなにか」が面白い。18世紀の作家ダニエル・デフォーの創作したイギリス人「ロビンソン・クルーソー」が無人島でビール作りをさんざん試みたにもかかわらず,なぜ成功しなかったか?という意表をつく問題設定に始まって,著者はビールの製法の歴史や昔の食習慣にまつわる楽しい話題を提供していく。18世紀初頭の天才アメリカ人ベンジャミン・フランクリンが若い頃ロンドンの印刷工場で働いていた時の記憶によれば,イギリス人は毎日3.5リットルのビールを飲んでいたという。今のイギリス人もたいがい飲むが,昔のイギリス人はもっとすごかった!



■「イギリスの豚はおいしいか? 失われたハムエッグを求めて」

ポール・ハイニー 著/鶴田庸子 訳(新宿書房)¥2,200
 これは,今まで私が買った英国本の中でいちばん珍妙なタイトルを持つ本といってよい(原題は"Ham & Pigs: A Celebration of Whole Hog")。タイトルに劣らず内容も実にユニーク。著者のポール・ハイニー氏は英国の著名な放送ジャーナリストである。著者は子どもの頃に食べた「本物」のハム(正確にはいわゆる「生ハム」)の美味しさが忘れられず,同時に急ぎ業で大量生産されている現在のインチキ・ハムに憤りを覚え,手間暇かけた昔ながらのやり方でハムやベーコンを作っている「豚名人」を求めて,英国内やアイルランドの各地を訪ね歩く。そして,ついにはルーマニアにまで渡り,人々が昔から変わらない「豚との共同生活」を送っている小さな村を見つける。しかし,「求豚」の旅は著者にとって予習に過ぎない。ここからが著者の面目躍如といったところだ。第二部「あなたもなれる豚名人」の冒頭で,著者は「自分で豚を飼って自分でハムをつくることをしないかぎり,失ったものを取り返すことはけっしてできない。」と書いているのだが,これを多忙な放送ジャーナリストである著者が,ものの見事に実行に移すのである。第1章〜第4章に付いた標題,「豚と暮らす」,「豚をつぶす」,「ハムづくりに挑戦する」,「豚を食べつくす」もおかしいが,内容はもっとおもしろい。実際に豚を飼い,ハムをつくり,食するまでが具体的かつ大真面目に詳述されているのだ。何という根性,何というこだわり!こういうことをするのが名前の売れている放送ジャーナリストなのだから,やはり英国が「変わったこと」を尊ぶお国柄なのは間違いなさそうだ。私にはもちろん豚を飼ってハムをつくるような根性も才覚もないが,本当によい豚でつくったハムやベーコン,さらにおいしそうな豚料理の数々はもちろん食べてみたい。本書に出てくる,それぞれ独特のレシピでつくられる「地ハム」各種(バークシャー風,ハンプシャー風,ウォリックシャー風,ウィルトシャー風…)や昔のポークパイ各種(ノッティンガム風,リバプール風,リンカンシャー風…)には,読んだだけでそそられるものがある。巻末には著者が訪ね歩いた英国内の「こだわり」ハム販売店・農場・ハム工房のリストがのっている。どこかの旅行社で「英国の本物ハム・ベーコンめぐりツアー」を企画してくれないかな…



■「食べもの記」

森枝卓士 著(福音館)¥3,570
 これは,本当にどうしてこういう本がこれまでなかったのだろうかと思うほど真に画期的な本である。書評を早く書こうと思っていたところが,この本を目にして興味を持った複数の友人に「貸してほしい」と頼まれ,まわりまわってようやく我家に戻ってきたくらいだ。この本は,写真家である著者がこれまで20年以上にわたって撮影してきた「食べものに関するあらゆる風景」を厳選・再構成したオールカラーの大型写真本である。取り上げられている国もいろいろ(日本,アジア,ヨーロッパ,オセアニア)ならば,素材や料理もいろいろ(米,麦,麺,菓子,野菜,果物,魚,肉,チーズ,香辛料,保存食,ワイン…)で,さらに料理法,食べ方の流儀,市場,屋台,食卓・台所の風景が加わり,「食べること」に関する「世界の見本市」のような本なのである。この本をめくっていると,自分がいかに世界のごく限られた国の,ごく限られた食文化しか知らないか痛感させられる。それだけに,新鮮このうえない。英国ファンの方に断っておくと,この本は決して英国本ではなく,あくまで「英国の食べものものっている本」である。実を言えば,この本で取り上げられている英国の食べものは,フィッシュ&チップス,燻製にしん,冷凍カレーくらいのものだ。むしろ,アイルランド料理の扱いの方が大きい。でも,そんなことは全く問題ではない。膨大な写真の1枚1枚が実に美しく生き生きとしており,何度見ても飽きることがない。このようなすばらしい本をつくった著者に乾杯!



■「シャーロック・ホームズ家の料理読本」

F・クラドック 著/成田篤彦 訳(晶文社)¥3,300
 St Aubinsの掲示板でハギスの話題が出たとき,タムナスさんに教えていただいたヴィクトリア朝の雰囲気満点の楽しい本である。シャーロック・ホームズとワトスンの食べるものすべてを料理したハドスン夫人が老後にまとめたレシピ集という設定になっている。「家事のヒント集」にはじまって,「朝食」,「スープ」,「魚料理」,「鶏と禽獣肉のお料理」,「肉料理」,「臓物料理」,「野菜料理」,「チーズ料理」,「食後のお菓子」,「おやつ」,「お口直し」,「お飲みもの」,「知っておきたいあれこれ」,「ジャムや漬物」と実に盛沢山なメニューが続く。問題のハギスは,「ハッギス」の名で「臓物料理」の章に登場する。本書によると,ハギスは古代ローマ発祥の料理で,そこからフランスに渡り,それから英国に上陸したということになっているが本当だろうか?とにかく,ハドスン夫人のレシピ通りにハギスをつくるためには,羊の肺臓,肝臓,心臓が必要である。これじゃあ日本でこの通りにつくるのは難しいだろう。もうひとつ,「臓物料理」の項には「ラムの脳味噌のすましバター漬け」という興味深い料理が載っている。なんと,一度にラムの脳味噌を14も使う。でもおいしそうだ。
 何事も重厚長大だったヴィクトリア時代のこと,作者が当時をよく研究して収録した料理も,現在の感覚からいえば重くてお腹にもたれそうな料理が多い。たとえば,英国人ですら今はあまり食べない脂肪の多い鵞鳥を使った「ロースト・グース」は本書の目玉のひとつである。ホームズ・ファンであれば,鵞鳥がトリックのキーポイントとなる有名な「青いガーネット」を思い出すことだろう。ほかに,私には「チーズ料理」の最初に出てくる「スティルトン・チーズ」が思い出深かった(もちろん自分でつくったことはない)。ちょっとクセのあるホワイト・スティルトンとポルト・ワインのお得なセット(スティルトンにはポルト・ワインと決まっているらしい)は,バースのセインズベリーで売っている,うちのお気に入りだった。余談だが,作者がディケンズ好きなのか,嬉しいことに本書には「ピックウィック・ペイパーズ」の台詞が何箇所か出てくる。食べものとは関係ないが,「庭のナメクジ退治」という話が載っており,「一晩に45匹ものナメクジを捕らえたことがあります。」とあるが,隣のPickwickさんも「一日で40匹もナメクジを捕まえたのよ!」と嬉しそうに自慢していたことを思い出す。



■「ジェイン・オースティン 料理読本」

マギー・ブラック,ディアドレ・ル・フェイ 著/中尾真理 訳(晶文社)¥2,850
 これは,ジェイン・オースティンの小説に興味がある人にも,今から約200年前の昔の英国の家庭料理に興味がある人にも,実際に伝統的英国料理を作りたい人にも,楽しくて実用的なちょっと類のないユニークなクックブックである。収められている特選76品の英国家庭料理は,オースティン家の名料理人マーサ・ロイド夫人のレシピをもとにしたもの。レシピ集の前にイントロとして「オースティンの時代の社交と暮らし」と「作品と手紙にみる食卓」があり,これらも一読の価値あり。レシピだけ見ると結構おいしそうな料理が並んでいるが,実際に作るとどんな味がするのだろうか。



■「スコッチ三昧」

土屋 守 著(新潮社)¥1,100
 「世界のウィスキーライター5人」に選ばれた土屋氏がスコッチに関する薀蓄の限りを尽くした本。スコッチ・ファンにとってはたまらなくおもしろい本であること請け合い。全編がQ&A形式の構成となっており,私が数えたところ何と220もの項目が並んでいる。全体は大きく第1部「スコッチを楽しむ」,第2部「スコッチはいかにして作られるか」,第3部「蒸留所へ行こう」の3部からなる。第1部は実際にスコッチを楽しむ際のよき指南となるし,第2部は純粋にスコッチの製法技術に関心がある人の興味をひくだろう。そして最後の第3部はスコッチとスコットランドの歴史,風土,文化に関する薀蓄で,読者が実際にスコットランドの蒸留所巡りをする際に役立ちそうな情報が満載されている。巻末には見学可能な蒸留所一覧や,日本の都道府県別スコッチバーが掲載されており(わが田舎の島根県にも一軒あるらしい),仕事とはいえよくもまあこれだけ調べたもんだと著者に敬意を表したくなる。



■「モルトウィスキー大全」

土屋 守 著(小学館)¥2,910
 日本でもスコッチ・ウィスキーのシングル・モルトが手に入りやすくなったこともあって,そのファンが着実に増えているという。しかし,よほどのスコッチファンでない限りは,シングル・モルトの銘柄にはどんなものがあるのか,その味の特徴は,といったことになると,首をかしげてしまうだろう。
 この本は,これからスコッチのシングル・モルトを色々トライしてみようという入門者から,すでにかなりの銘柄を知っており,次はどれにしようかなと考えている中・上級者まで,スコッチ(アイリッシュも含む)シングル・モルトの主要119銘柄,113蒸留所をオールカラーで紹介した類のないハンドブックである。基本的な構成として,見開き2ページが一つの銘柄に割り当てられている。右側のページ右半分はボトルの大きな写真が占めている。これで,そのウィスキーのイメージが湧いてくる。ボトルの横には,蒸留所の住所・連絡先や,蒸留所見学施設の有無,テイスティングノート,日本の輸入元など,基本的データの表がある。この本のよいところは,これらのデータだけに留まらず,蒸留所の歴史,エピソードや,その土地の紀行(著者自ら撮影した写真が彩りを添えている)を交えた,読み物としても第一級のものとなっている点だ。コラムや巻末の用語解説も充実している。
 帰国時に買って帰った辺鄙なジュラ島唯一の蒸留所で製造されたシングル・モルトIsle of Juraのこともこの本でよくわかった。「華やかで甘口,ライトボディだから入門者にもお薦め」か…。どうりで口当たりがいいと思った。
 英国関係の本をたくさん書いている人はリンボウ氏,出口保夫氏など数多いが,文章にいやみがなく,一作一作に著者の情熱が感じられるという点で,土屋守氏の著作はピカイチだと思う。酒飲みの人にもそうでない人にも是非お奨めしたい一冊。



■「樽とオークに魅せられて」

加藤定彦 著(TBSブリタニカ)¥2,500
 ユニークでおもしろい本というのは,このような本のことをいうのだろう。著者はサントリーに入社以来ウィスキーの樽一筋40年。樽とオークに関する造詣は世界でも指折りの人である。ウィスキーというと,ついつい風土や水,蒸留技術だけで味が決まってしまうと考えがちであるが,「樽」がウィスキーにとっていかに大切であるか本書を読むとよく分かる。その樽をつくる樹であるオークのことをラテン語では「クエルクス(美しい樹)」と呼ぶのだそうだ。樽の技術者としてスタートした著者は,このクエルクスが大好きになり,その奥深さに魅せられて,世界各国のクエルクスの森に入っていくこととなった。樹や樽のカラー写真多数。とくにオークカタログは見ごたえがある。技術者として,また一人の人間として,著者は何と幸せな人かと思う。その幸せな人が書いた幸せな本を,すべてのウィスキーファン,英国ファン,森を愛する人に薦めたい。余談だが,使用された樽の一部は再生されて家具としても使われているそうだ。昔ウィスキー樽だった椅子にこしかけてウィスキーを飲んだらどんなに素敵だろう。



■「紅茶の楽しみ方」

小池 滋 他著(新潮社(とんぼの本))¥1,500
 小池 滋氏も本当にレンジの広い文化人である。専門は英文学,とくにディケンズ研究者では日本の第一人者だが,鉄道,ミステリー,モーツァルトに造詣が深く,さらにはこのような紅茶の本も書いているとは。「とんぼの本」は皆さん御存知の通り,カラー写真が多く字は少なめで非常に見やすいシリーズである。ただ紅茶を飲むだけでなく,趣味として紅茶を飲みたいという人には好適の本。でも,値段はともかく紅茶の葉は日本の方が美味しいものが手に入るのだけれども。英国のスーパーや安レストランで一番見かけるタイフー紅茶の不味いこと!高級ホテルのアフタヌーンティーを普通の英国人が飲んでいると思ったら大間違いである。



■「英国紅茶の話」

出口保夫 著(PHP研究所)¥600
 著者の出口氏はリンボウ氏とならび日本を代表する「英国びいき」で,とくに「紅茶」という言葉が入った本を数多く書いていることから,よほどの英国紅茶好きと思われる。ときには,以前書いたものの二番煎じではないかと感じてしまう同氏の著作だが,この本は英国の歴史における紅茶の位置付け,文学と紅茶,茶文化の東西比較などを深く考察した力作。



■「午後は女王陛下の紅茶を」

出口保夫 著(中央公論新社)¥660
 上の同じ出口氏の「英国紅茶の話」よりは,実際的な紅茶の楽しみ方にウェイトを置いている。美しい茶器のいろいろ,おいしい紅茶のいれ方,アフタヌーン・ティー,紅茶紀行,ティー・パーティの演出法などが主な話題。イラストがきれいなので,文庫本よりは最初に出た東京書籍刊の単行本の方が,実用に使うにはいいかもしれない。



■「NHK趣味悠々 英国式ティーパーティーの愉しみ」

(日本放送出版協会)¥950
 NHKの講座番組で,「英国式ティーパーティー」の企画が組まれること自体,最近の日本人女性のイングリッシュ・ティーに対する感心の高まりを示している。しかし,テキストのきれいな写真の数々は本国英国においても「理想」であって「現実」ではない。豪華なティーカップに高級な茶葉で入れた紅茶を注ぎ,これまた豪華なスィートの数々と一緒にアフタヌーン・ティーを楽しむ人,あるいは家で毎朝フル・イングリッシュ・ブレックファストをお腹いっぱい食べる人が,いったいどれくらいいるのだろうか。時代の流れで英国でもどんどん簡素になっていく「ティー」を非日常的・本格的に演出し,その伝統を伝えていくのは,これからは日本人かもしれない。



■「キッチンの窓から」

スーザン・ヒル 文/アンジェラ・パレット 絵(西村書店)¥1,800
 スーザン・ヒルとアンジェラ・パレットのコンビによる「庭の小道から」の姉妹編。こちらのキーワードは「料理」。クリスマス,イースターといった1年で「最大の行事」にあたり,どんなごちそうをつくるか? この本も絵がとてもきれい。



■「音の晩餐」

林 望 著(集英社(文庫))¥486
 これはリンボウ先生が「イギリス料理」と正面から向かい合った(唯一の?)本である。「イギリスはおいしい」と常日頃喧伝している同氏の著作でさえ,実際に料理のレシピが出てくるところはあまりないが,この本はレシピ集そのものといってよい。といっても文章の達人の手にかかると,ただのレシピが一ひねりされておもしろい読み物になるから不思議だ。



■「イギリス人の食卓」

林 望 著(角川春樹事務所)¥1,000
 これはリンボウ先生のイギリスの食に関するエッセイを一同に集めたアンソロジーで,書下ろしではない。注文して届いたこの本をはじめ見たときは,「なんだ,古い話の寄せ集めか。」とがっかりしたが,一つだけおもしろい部分がある。それは巻末に7ページにわたって「林望略年譜」が記載されていることである。生い立ちから,家族関係,職歴,活動に至るまで相当詳しい内容なので,興味がある人はこの巻末だけ立ち読みされるとよい。



■「英国おいしい物語」

ジェイン・ベスト・クック 著/原口優子 訳(東京書籍)¥1,650
 これはおそらく英国人が書いた英国料理の本で和訳されて日本で売られている唯一の本でしょう。残念ながら,いくらリンボウ先生が表紙の帯で大々的に推薦していても,載っている料理の写真にはどう見ても美味しそうに見えないものもあります。しかし,英国に滞在したとき美味しいと思った料理,例えばロースト・ラムやシェパードパイは是非もう一度味わいたい逸品です。



■「イギリス料理を召し上がれ」

北野佐久子 文・写真(ソニー・マガジンズ)¥1,748

 イギリス料理は美味しいか,それとも不味いかは永遠のテーマかもしれません。この本は美しい写真と共に本当に美味しい料理の数々。手軽に家で英国料理を楽しめる本です。



■「イギリスのお菓子」

北野佐久子 文・写真(ソニー・マガジンズ)¥1,456
 英国でもこの本を持参して,お菓子を作りました。Bath BunsやShort Bread, Banana Breadはイギリス人のプレゼントしてもとても喜ばれたものでした。また本の取材先がBathということもあって,隣のピックウィックさんとの話題の種ともなりました。



■「イギリスのお菓子 II」

北野佐久子 文・写真(ソニー・マガジンズ)¥1,500
 この本もすごく素敵な本です。英国の児童文学の主人公であるアリスやプーさんは,英国ではもちろんのこと,日本でもとてもなじみの深いキャラクターです。そんな童話に出てくるお菓子も楽しんでしまおうという私のお気に入りの一冊です。



■「季節を楽しむイギリスのお菓子」

北野佐久子 文・写真(文化出版局)¥1,400
 長い冬,そして短い夏。だからこそイギリス人はお菓子作りに季節を取り入れるのが上手なのかもしれない。北野さんの本はどれも美しい写真だけでなく,深い知識に基づいた解説が素晴らしい。お菓子作りの趣味のない人も作ってみようかな,と思ってしまう本である。



■「中世の食卓から」

石井美樹子 著(筑摩書房)¥1,650
 この本は,歴史書に入れてもエッセイに入れてもよいのだが,テーマはあくまでも「食」である。中世の英国人がどんなものを食べていたか,さらにそれが現在の英国料理にどんな影響を与えていたかということを知りたい人には一読の価値がある。著者は中世・エリザベス朝文学が専門だけであって,歴史的・文化的なバックグラウンドから中世の食卓を読み解いていく。しかし,この本がおもしろいのも,著者自身が大の「食」好きだからであろう。「おどけ者ジャック・プディング」,「うなぎとイギリス史」,「お菓子とビールとエール」など,どこをとっても楽しい食べ物エッセイ。



■「カレーライスと日本人」

森枝卓士 著(講談社現代新書)¥530
 この本を久しぶりに手にして,英国のパブでしばしば食べたカレーライス(恐らく冷凍食品)を思い出した。日本の国民食となったカレーライスが,その普遍的地位を獲得するまでには,インドよりも英国の影響が大きかった。そもそも日本のカレーは英国のC & B社によって商品化された「カレー粉」と共に発展してきたらしい。著者は日本のカレーのルーツを探るべく執念の追跡を見せる。英国人が日本人の家庭のカレーを食べてどういう感想をもつか興味深い。