観光ガイド・紀行


■「イギリスの丘絵を紹介する本」

黒田千世子 著(講談社出版サービスセンター)¥1,600
 本のタイトルと表紙の写真を見て「この本はおもしろい!」と直感した。主として英国南部の白色石灰岩地層に描かれた「丘絵」(ヒル・フィギュア)の数々をはじめて本格的に紹介し,同時に旅行者がこれら丘絵を旅する際に便利な情報を盛り込んだ意欲的な本である。単なるガイドブックではなく,丘絵の歴史や伝説に踏み込み,関係図版を数多く収録した研究書でもある。本書は「古代を起源とする馬の丘絵」,「古代を起源とする巨人の丘絵」,「現代の白馬とさまざまな丘絵」の三つの章からなっている。歴史ファンタジーの大家ローズマリ・サトクリフの「ケルトの白馬」の舞台にもなっている「アッフィントンの白馬」のような古代の有名な馬の丘絵も美しいが,本書表紙写真の「ウィルミントンのノッポ男」に見られるような巨人の丘絵も何となくユーモラスでいかにも英国らしい。また,20世紀の現代にもこれほど丘絵が描かれたとは本書を読むまで全く知らなかった。
 ケルトの遺跡を含め,ストーンサークルや本書の丘絵など,英国の自然の中に残されている巨大な遺物(新しいものもあるが)に関する本が最近出てきている。そういったものに触れる英国の旅こそ,従来のカントリーサイド,イングリッシュ・ガーデン,博物館巡りなどとは全く違った英国の魅力に出会える旅として,これからの一つのトレンドになりそうな気がする。 



■「ロンドンの小さな博物館」

清水晶子 著(集英社新書)¥720
 本書には文字通りロンドンの小さな博物館が16紹介されているが,私にとってはシャーロック・ホームズ・ミュージアム(本書で紹介されている中で比較的メジャーな博物館はこれくらいだろう)以外行ったことのないところばかり。相当のロンドン通でも「ロンドンにはこんな不思議でおもしろい博物館があるのか!」と思うに違いない,普通のガイドブックではまず見れない珍館揃いである。
案内するのは150もの博物館を踏破したというロンドン在住のジャーナリスト。その「ロンドン博物館巡りの達人」が選び抜いた博物館ばかりが紹介されるのだからおもしろくないわけがない。ロンドンに関する本はクサるほど出ているが,これは近年出色の1冊。
 「標準時」で有名な権威ある「グリニッジ王立天文台」の名前を知っている人は多いであろうが,そこに行って天文学の歴史を刻むコレクションを実際に見た人は少ないであろう。行ってみたい…。モーツァルトも入っていた秘密結社フリーメイソンの関係の膨大なコレクションを誇る「フリーメイソン博物館」。地元の英国人もほとんど存在を知らないらしいが,ここも行ってみたい。こうして全部の博物館を本の中でツアーすると,英国文化の奥深さを自然に体験できると同時に,こうした博物館を開き,また維持管理してきた英国人の心意気を感じないではいられない。英国とは,やはり金にはならなくとも,「他にはない変わった」ものが尊重される国なのだろう。


■「ケルト巡り」

河合隼雄 著(NHK出版)¥1,500
 ケルトの自然・文化・伝統,とくにその昔話や神話の中に人のこころを癒す力を見る心理療法家の著者(文化庁長官ご苦労さまです)が,アイルランドと英国南西部に残るケルトの地を訪ね,今の「日本を癒す」ための知恵を探ったのが本書である。…というのは本の帯にもある公式的な紹介で,そういった「まじめな」ことを全然考えずに読み始めても,自然に著者の考え方に引き込まれてしまい,次に自分なりに考えてしまうのが本書である。それは心理学者である著者がケルトのすべてを人間のこころの問題から深く考えているからだ。最近は日本でもケルトに関する本が多く出ているが,通り一遍の観光的ケルト紀行からは最も遠いところにあるのが本書である。ドルイド(古代ケルトの自然崇拝思想とその実践者)の見聞や現代の「魔女」との対話がとくにおもしろい。
 著者のケルトへの思いの原点が,2004年に没後100周年を迎えるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)への愛着であることは,ハーンゆかりの松江に住む者として嬉しいことである。巻頭のカラー写真を含め興味深い写真を多数収録。



■「イギリス聖地紀行 謎のストーン・サークルを訪ねて」

沢田京子 著(トラベルジャーナル)¥1,800
 南は英国南西部コーンウォールのセント・マイケル島から北はスコットランド北のオークニー諸島まで,英国内には古代につくられた不可思議なストーン・サークルが点在する。このようなストーン・サークルは,昔から純粋な学術的興味はもちろんのこと,数々の伝説,不思議な「エネルギー」の言い伝えなど,多くの人々の興味をひいてきた。私も本書で紹介されているエイヴベリーに行って念願のストーン・サークルを見,不思議な力があると言われる巨石に触れたときの感動は忘れられない。著者の「聖地」を訪ねる旅は徹底している。どんなに辺鄙な場所にあるストーン・サークルでも躊躇することはない。そしていったん訪ねたら,それまでに蓄積された知識と経験を総動員し,かつ心を新たにして,「巨石」を体験するのである。このような巨石狂い(メガリソマニア)を自認する著者のような人が世界中で増えているのだという。英国はすばらしい国である。英国を旅する人の多くは,実際問題として中世以降の建造物や自然を見ている場合が多いのであるが,本書を読むと,それよりずっと前につくられたであろうストーン・サークルが英国の大地の風景に彩りを与え,また今に生きる人間の精神世界にも深い影響を与えてきたことを知る。英国の大歴史ファンタジー作家ローズマリー・サトクリフの傑作,「ケルトの白馬」も,本書で紹介されている「大地を駆け抜けるアフィントンのホワイト・ホース」がなかったら生まれなかったにちがいない。「古代の聖地へと向かう旅は,地表をたどる旅というよりは,時間と空間を超越して自己の内部へと向かう旅なのかもしれない。」という本書の著者の言葉は,サトクリフのような創造を生業とする大作家だけでなく,ストーン・サークルを訪れ,見,触れ,体験する一般の私たち一人一人に当てはまるものなのだ。



■「ネコを旅して英国ぐるり 英国ネコまみれ紀行」

石井理恵子 著(新紀元社)¥1,300
 下で紹介した「インヴァネスのB&Bから スコットランドふらふら紀行」と同じ著者による「英国ネコ紀行」。英国は好きだけどネコも大好きという人にお薦めの本だ。自然や建物だけじゃなくて,英国の旅にはこんな楽しみ方もありますよ…という新しい視点が窺われる楽しい紀行書である。
 本当にどのページを開いても英国のネコの表情がかわいらしい。英国といえば,どちらかというと「犬派」の国という印象が強いが,この本を見れば観光名所,B&B,カントリーハウス,ウィスキー蒸留所…と,英国中に人々の愛情をいっしんに受けた「名物ネコ」がたくさん居るのに気づかされるだろう。英国で買えるネコグッズの情報も充実している。うちにも本書で紹介されているナショナル・トラスト製の「ネコまみれティータオル」があるが,実物は本当に可愛らしくて素敵だ。


■「芸術新潮2003年8月号 全一冊 イギリスの歓び」
(新潮社)¥1,980
 単行本ではなく雑誌だけれども,並みの単行本よりはずっと見ごたえ,読みごたえがある。全一冊まるごとの英国大特集で,「美術でめぐる,とっておきの旅ガイド」と言うだけあって,美術品,建築物,美術館・博物館の紹介ぶりが非常に充実している。しかも,カントリーサイドの美しい風景の大きな写真もたっぷりとあって目を楽しませてくれる。バースはもちろんのこと,ウェルズ,コッツウォルズ,コーンウォール,スコットランドの辺境など,ロンドンよりは圧倒的に「地方」に目を向けた編集が嬉しい。英国ファンは何をおいても買いたい永久保存版的一冊。



■「インヴァネスのB&Bから スコットランドふらふら紀行」

石井理恵子 著(新紀元社)¥1,300
 スコットランドの本が元気である。最近は出版される英国本のかなりの部分がスコットランド関係ではないだろうか。少し前にも山川出版社から「世界歴史の旅 スコットランド」が出た。この本は美しいカラー写真を中心に,どこからでも気楽に読めるスコットランド紀行−正確に言うとハイランドを中心としたスコットランド紀行である。「インヴァネスのB&Bから」というサブ・タイトルがついていることからも分かるように,著者が親しく滞在したインヴァネスのB&Bを拠点として巡った島,城,小さな村,パブなどが紹介される。著者の個人的な感想や好みが前面に出ているところがかえっておもしろい。著者は相当の食いしん坊らしく,ご当地の料理がたくさん出てくる。本書に掲載されている写真の多くが,当HPがお世話になっているロンドン在住のろくろくさんの先輩である村川荘兵衛氏が提供したものであるそうだ。ろくろくさんの言われるように,独特の温かみのある写真に,ハイランドに対する深い愛情が窺われてすばらしい。ハイランドの人や動物のなにげない表情が実によく捉えられている。これらの写真を見るだけでも価値のある本だ。



■「たけしの大英博物館見聞録」

ビートたけし 著(新潮社 とんぼの本)¥1,200
 新潮社とんぼの本シリーズのビジュアルな1冊。1994年の大きなバイク事故以来,たけしはずっと大英博物館に行ってみたかったのだという。たけしによれば,大英博物館は,時代を超えて自分と言う存在を伝えるために人間が作ったあるいは作らせたお宝を世界でいちばん多く集めた場所,つまり「生きてた証」の巣窟なのだという。いつもながらたけしの観察眼は鋭くユニークで,TV同様彼独特の毒舌も好調。普通の日本人観光客が言うような「スゴイもんだねえ。びっくりするねえ。」といったありきたりの感想をたけしが言うわけがない。単純に博物館を誉めたり,所蔵品に感動したりしないところがたけしのたけしたる所以なのだ。そのたけしがこれだけは見逃せないとあげているのが,(1)ウナギのミイラ,(2)五本足の翼付き人面牛,(3)パルテノン展示室,(4)ロゼッタ・ストーンである。なぜかって?それは本書を読んでのお楽しみ。



■「コッツウォルズ・西イングランド」

「旅名人」編集部 編(日経BP社)¥1,900

 旅名人ブックスシリーズの第41巻。これまで日本で発行されたコッツウォルズのガイドブックの中で最も包括的なものであろう。こういうガイドブックが出てくること自体,コッツウォルズがロンドン,パリ,イタリアの諸都市と同じく,日本人観光客の訪れるメジャーな観光地になったあるいはなりつつあることを示している。本の帯に「コッツウォルズ旅行の指南書!!」,「こんな村まで掲載!!」という派手な宣伝文句が踊ることからも想像がつくように,これまでの日本のガイドブックではまず取り上げられなかったような小さな村々までをも完全収録?した包括的コッツウォルズ・ガイドブックといえよう。イングリッシュ・ガーデンやマナーハウスの紹介もかなり充実している。全280ページあまりのかなり厚いガイドブックであるが,コッツウォルズの町や村をほとんど網羅的に紹介しているため,一つあたりの紹介がそれほど詳しくないのはやむをえない。しかし,地図,住所,連絡先,アクセスなど旅行に最低限必要な情報は効率的に収録されているので,実用的には便利である。それに,新しい本だけあって,写真がみなきれいだ。

 ただバースに関して二点だけ文句を言わせてもらうと,Bath Abbeyを訳す場合,「バース大聖堂」は間違いで「バース寺院」が正しい。国教会の主教座が置かれた街の教会だけが大聖堂と呼ばれるからである。バースの教会は元々は修道院から出発しているのでAbbeyと呼ばれている。もう一つ,オックスフォードが10ページなのに,バースが5ページだけとは,両者の街の美しさからいってどうかと思う。ガイドブックにしては少々値が張るのも欠点であるが,コッツウォルズ旅行を計画している人にとっては非常に役に立つ2002年発行の最新ガイドブックである。


■「英国王室御用達」

恒松郁夫 文/岡村啓嗣 撮影(小学館)¥1,500
 本書はロンドンにある英国王室御用達(The Royal Warrant)の店をビジュアルに紹介したガイドブックである。衣裳類にはじまり,宝石,雑貨,釣具,香水,古書,文具,レストラン,パブなど全27店。もちろん庶民の私には縁のなさそうな店が多いけれども,見て読むだけでも楽しい本だ。店自体が歴史的建造物になっていたり,過去の有名人の資料を展示している店(たとえばチャーチルが愛用したシガーの店)も多いので,買物はしなくとも訪れてみたいところは多い。



■「週刊ユネスコ 世界遺産 70」

(講談社)¥560
 ふだんはこのシリーズを買わない人でも,バースの街や,古代の巨石遺跡群(ストーンヘンジエーヴベリー),チャーチルゆかりのブレナム宮殿にもし関心があるなら,品切れになる前に本屋に走ろう!限られたページ数で遺産の概略がよくまとめられている。英国,とくにイングランド南西部を愛する人にはぜひとも読んでいただきたい巻だ。「よくわかる遺産講座」としてアイルランド文化のページがあり,アイルランドの民謡・民族楽器,アイリッシュ・パブとギネスなどが紹介されているのも楽しい。



■「シェイクスピアの故郷」

熊井明子 文・写真(白石書店)¥1,886
 ストラトフォード・アポン・エイヴォンは,シェイクスピアを愛し崇拝する人にとって,この地は大作家の「生地」だけではなく「聖地」であり,機会があれば何度でも訪れてみたい町だろう。私がストラトフォードを訪れたのは一度だけ,それも寒い冬であったから,この本の写真にあるような美しい花々が咲きみだれた春や夏のストラトフォードは知らない。これから初めてシェイクスピア・カントリーを訪れる人,すでに訪れたことのある人,両者の目をひきつけ憧れを高めずにはおかない美しい写真集兼ガイド。ハーブやガーデンに造詣の深い著者だけに,花やガーデンの写真や解説がとくに優れている。



■「英国運河の旅」

秋山岳志 著(彩流社)¥2,000
 まさに私が望んでいた「ナローボート(Narrow Boat)」紀行の本が出た! といっても私自身は英国滞在中にナローボートに乗って運河を旅したことはない。バースのKennet & Avon Canalをゆったりと走る色とりどりのナローボートを羨ましい気持ちでいつも眺めていたのである。英国のカントリーサイドがすばらしいことは英国好きの人なら誰でも知っていることであるが,旅では陸上の「道」を車や徒歩で行くのが普通だ。ところが,「ナローボート」で水の道である「運河」を行くことによって,それとは全く違ったカントリーサイドの姿を見ることができる。しかも,車と違ってナローボートのスピードはたかだか時速4キロ(歩く速さと同じ)であるから,移り変わる自然の姿をボートから心ゆくまで堪能することができるわけだ。ある意味では,ナローボートの旅こそ,時間というものを忘れさせてくれる最高に贅沢な旅といってよいだろう。この本を一読して,「ナローボートによる英国運河の旅」に対する私の憧れはますます募る。英国を再訪したときに,してみたいことがまた一つ増えた。
 英国を二度三度と訪れる人が増えるにつれ,通常の旅では物足りない,何か変わった旅もしてみたいと考える人も増えているに違いない。本書は,そういった人達に新しい英国旅行の一つのスタイルを提案するものである。終章にはボートの借り方に始まって,必要携行品,ルートの作成法,運河のルール,運転操作に至るまで詳細な「英国運河 旅のマニュアル」があり,実際にナローボートによる旅を計画する人にとって非常に有用である。著者は,運河とナローボートのサイトCanal Maniaも開設している。



■「英国とアイルランドの田舎へ行こう ダヤンのスケッチ紀行」

池田あきこ 著(中公文庫)¥686
 絵本ファンの方なら,人気キャラクター絵本「猫のダヤン」シリーズをご存知のことと思う。その著者である池田あきこ氏が,英国とアイルランドの「田舎」であるコッツウォルズの村々,コーンウォール半島,そしてアイルランドの「ケルト」や「妖精」を訪ねた。著者は「古代の不思議な石」が大好きらしく,コーンウォールでもアイルランドでも熱心に「石」を訪ねており,そこがまた私のような「石」好きの人間には非常に楽しいところだ。そもそも私がこの本を買ったのも,表紙のメンヒル(立石)の絵を見てピピンときたからだ。本全体に流れるテーマはやはりケルトの伝説と文化である。ほとんどどのページを開いても柔らかく繊細なタッチのカラー・スケッチがあり,それらの絵を眺めているだけでもほのぼのとした気分になれる素敵な本である。



■「イギリス ナショナル・トラストを旅する」

横川節子 著(千早書房)¥1,600
 英国を旅するたびに,「どんぐりとオークの葉」をデザインした英国ナショナル・トラストの白と緑の標識を何回見かけたことだろう。ナショナル・トラストこそ,英国の,美しい自然とかけがえのない歴史遺産を守り,維持している最も大きな「力」なのである。はじめは小さな運動に過ぎなかったナショナル・トラストが,なぜ英国民の強い支持を受け,外国人旅行客の尊敬と信頼をもかち得るような組織になったのか。ナショナル・トラストのプロパティ(所有地)に惹かれ,「ナショナル・トラストの旅」を続けている著者の旅は,ロマン派の自然派詩人ワーズワースが詩作活動を行い,こよなく愛した湖水地方の小さな町グラスミアから始まる。著者は,湖水地方の自然保護を訴えたワーズワースの「自然を敬う心」こそ,ナショナル・トラストの活動の原点であると考えているからだ。ダーウェント・ウォーター,ワイト島,コーンウォール半島,レイコック村とストーンヘンジ,イーストサセックス,ウェールズと旅するにつれ,著者のナショナル・トラストに対する熱い思いはますます深まっていく。私たちが訪れた,グラスミアダーウェント・ウォーターリザード・ポイントなどが出てくるので,こちらも嬉しくなってしまう。美しい自然と,生き生きとした現地の人を写したオールカラーの写真が100枚以上収録されており,ナショナル・トラスト写真集としても楽しめる本だ。旅先で著者が口にした英国料理やクリーム・ティーもたくさん出てくるので,食いしん坊の英国ファンにとっても楽しい本なのである。ちょっと珍しいところでは,ダーウェントの「こてこてステーキ」や,ウェールズの「夢うつつのラム・カツレッツ」などが私には興味深い。
 ここ数年でも,よい英国紀行は数え切れないほど出ているけれども,ナショナル・トラストのプロパティに焦点を絞ったビジュアルなガイドはこれまでほとんどなかった。文章,写真,イラスト,各章の冒頭に引用した英詩,装丁,すべてにわたって細やかな神経が行き届いた,美しくも個性的な英国ナショナル・トラスト紀行である。ちなみに,この本の表紙を飾るすばらしく美しい湖の写真はダーウェント・ウォーターである。



■「イギリスの大聖堂」

志子田光雄・志子田富壽子 著(晶文社)¥2,600
 単なる実用的なガイドブックのレベルをはるかに超えたすばらしいイギリスの「古寺巡礼」紀行である。クリスチャンではないのに,私が大聖堂に強くひかれるのはなぜだろうかと考えてみると,それは大聖堂が昔から今に至るまでそこに住む多くの人々の歴史を凝縮した空間であるからではないかという結論に行き着く。神を称える宗教的な建築物でありながら,一方で大聖堂ほど歴史のドラマが息づいた人間臭い建築物はない。だからこそ,同じ"Cathedral(大聖堂)"といっても,これほど千差万別,個性豊かな大聖堂が英国中にたくさんあるわけである。本書で取り上げられているイギリス(正確にはイングランド)の大聖堂は全部で20。嬉しいことに,その中には私が訪れたカンタベリーチェスターソールズベリーウェルズの各大聖堂が多くの写真を交えて紹介されている。ウィンチェスター大聖堂やヨーク・ミンスターも次回は是非訪れてみたいが,私が是非とも行ってみたいのは,シェイクスピアの「テンペスト」を中央に,「真夏の夜の夢」と「ハムレット」をそれぞれ左右に配した三面からなるステンドグラスをもつサザックの大聖堂である。英国を旅する魅力はカントリーサイドやミュージアムにあるだけでなく,「大聖堂」にもあると信じる私にとって,私たちがちょうど滞英中の1999年に本書が出版されたことだけが残念である。もう少し早く出ていてくれればという思いが強い。



■「庭の美しいB&Bに泊まる旅 Part U」

土井ゆう子 文/二宮英兒 写真(NHK出版)¥1,800
 本書は,「英国カントリーサイド 庭の美しいB&Bに泊まる旅」の続編である。Part Tはロンドンから2,3時間で行けるB&Bに絞っていたのに対し,本書は湖水地方&ノースヨークシャー,スコットランド,ウエールズを中心に,庭の美しいB&B30が取り上げられている。各B&B自慢の庭を中心に,付近の町・村,史跡,ガーデンなどをオールカラーの写真で紹介した美しい大型本である。本の帯の宣伝文句にもある「ビアトリクス・ポターも描いた赤リスがやってくる庭を持つB&B」や「キルトをはいたスコッツマンが出迎えてくるB&B」も含めて,庭以外の魅力もたっぷりの個性的で楽しそうなB&Bがたくさん。たとえば,鱒が泳ぐ川が流れ,ホロホロ鳥が散歩する庭を持つB&B,ジャコブシープ,シェットランドポニー,ハイランド・キャトルなどの珍しいスコットランドの動物を広大な庭に飼っているB&B,1860年代のプラットホームや駅舎を利用したB&B…。問題は,どうやって先立つものと時間をつくって,これらB&Bの訪問を実現させるかである!



■「スコットランド 石と水の国」

横川善正 著(岩波書店)¥2,200
 スコットランドをこよなく愛するThe Baileysのゆうこさんから紹介していただいた2000年6月新刊の好著。著者は,英国文芸・デザイン史を専門とし,近代デザインの巨匠マッキントッシュについて何冊も著書がある美大の先生。天下の岩波書店が,「スコットランド」という余りにも大きなテーマの著者として起用した人だけに,その切り口は通り一遍ではなく非常に新鮮である。本来はスコットランドの経済的貧しさを蔑む言葉であった「石と水」が,実はスコットランドの豊かな自然やこころを滋育してきたとし,カーリング,ウィスキー,デザインなど,多くの例をあげてスコットランド文化の素晴らしさを説く著者の文章には心打たれる。単なる旅行ガイドでもエッセイでもない,スコットランドの「こころ」をたどる本。



■「スコットランド旅の物語」

土屋 守 文・写真(東京書籍)¥1,800
 今油の乗り切っている土屋氏がまた素晴らしい本を出してくれた。土屋氏は間違いなく日本で最もスコットランドを愛する人の一人であろう。氏のスコットランドへの憧憬に近い愛は「スコッチウィスキー」との出会いによって生まれたものだった。第1章の「アイラ残照」では,氏がスコットランドではじめてピートの水と出会ったときの感激が感銘深く描かれる。氏のスコットランド体験の原点はアイラ島というヘブリディーズ諸島の小さな島にあったのだ。第2章「エジンバラ物語」では徹底して歴史にこだわった探訪と陰影のある美しい写真がエジンバラの深い魅力を伝える。そして第3章「スコットランドの伝統料理」は,食いしん坊の土屋氏の面目躍如。ハギスはもちろんのこと,珍しいスコットランド・チーズの紹介など,料理好きの人には興味津々の内容だろう。一転して第4章「ロバート・バーンズを訪ねて」は,スコットランドが誇る国民的詩人の足跡を丹念にたどった文学紀行。最終第5章「アラン島探訪」では,セーターで有名なアイルランドのアラン島とよく混同される小さな島の知られざる自然,歴史,ウィスキー,チーズ等が紹介される。こうしてスコットランドの旅は島に始まり島に終わる。



■「ケルト紀行」

松島駿二郎 著(JTB)¥1,500
 「ケルト」ブームの中で出版された新刊で,私も楽しみにしていたが,残念ながら大いに不満が残った。すべてにわたって中途半端な感が否めない。まず,本書で取り上げられている場所は,アイルランド,コーンウォール,ブルターニュの3箇所であるが,なぜこの3箇所だけが選ばれたのか理由が不明だ。プロローグの「ヨーロッパの西の周縁部を,…ポンポンと跳び超えるホッピング的な旅となる。わたしはそれに「ケルティック・ホッピング」と名付けたいと思う。ケルティック・ホッピング!いい名前だなぁ。」というところを読んだだけで,おやおやと思ってしまった。著者が自分自身のネーミングに喜んでいるのはともかくとして,ヨーロッパの西の周縁部をホッピングするのなら,ウェールズやスコットランドの「ケルト」にもホッピングしないのは片手落ちだろう。しかも3箇所といっても,全253ページのうち,アイルランドに140ページ余りが割かれ,コーンウォールとブルターニュには約40ページずつしか割かれていない。どう見ても「アイルランド紀行」に他のところを付け足したという印象が強い。それなら,初めからアイルランドだけに絞って内容を充実させればよかったのだ。内容もやや陳腐。土屋氏の著書のような写真がすべてを物語るといった感じの美しいカラー写真があるわけでもなく(巻頭を除くと小さい白黒写真のみ),といって掘り下げた記述があるわけでもない。コーンウォールでは一応アーサー王伝説を軸にして紀行が展開するのだが,ストーンヘンジ(ここはもちろんコーンウォールではない),セント・マイケルズ・マウント,ランズ・エンドといった「定番」が登場する。エピローグによると,著者は次はラフカディオ・ハーンゆかりの松江(私が住んでいるところです)にケルティック・ホッピングするらしいので,次回に期待することとしよう!



■「リンボウ先生 ディープ・イングランドを行く」

林 望 文・写真(文藝春秋)¥1,762
 リンボウ先生も英国本を出しすぎて,だんだん行くところがなくなってきたんじゃないの?と思えてくる。ディープ・イングランドとは要するに現地の英国人でもなかなか行かないようなど田舎・僻地のオン・パレードである。この本に出てくる「folly(いかもの。うさんくさいもの)」を実際に英国の田舎道で見つけたときは面白かった。リンボウ先生の写真の腕もなかなかのもの。


■「南イングランドを歩く」

出口保夫 著(中央公論新社)¥1,456
 出口氏の本も数え切れないくらい出ている。ときにはそのあまりの「英国絶賛ぶり」に首をかしげたくなることもあるが,その中でこの本はバースやコッツウォルズが出てくるということで推薦したい。


■「イギリス・カントリー紀行」

土屋 守 文・写真(東京書籍)¥1,456
 この本の著者撮影の写真は美しい。何よりも私の大好きな,コッツウォルズのバイブリー,港町ポルペロー,デボンのリゾート,トーキーが登場するのが嬉しい。


■「ロンドンから行く田舎町」

丸山和博+クロスメディア(双葉社)¥1,500
 英国の田舎町を尋ねるのならこの本がお奨め。コッツウォルズだけでなく様々な地方の田舎町が載っている。ロンドンからの行き方も詳細に書いてあるので,旅行者にも便利。



■「シェイクスピアの町 −ストラトフォード=アポン=エイボンの四季−」

熊井明子 文・久米けんじ 絵(東京書籍)¥1,748
 シェイクスピアとストラトフォード=アポン=エイボンの町を愛する人のために。



■「イギリスの古城を旅する」

西野博道 著(双葉社)¥1,600
 「これまでイギリスの城の本が不思議になかった」という著者は,高校の英語教師を勤めるかたわら,城好きが嵩じて英国の主要な城をすべて踏破した個性溢れる人物。単なる城の紹介ではなく,城を訪ねたときの人間模様を交えた好エッセイとなっている。城好きは必見。



■「英国貴族の邸宅」

田中亮三 文・増田彰久 写真(小学館)¥1,460
 英国の建築の水準を一気に高めた新古典派主義の天才建築家ロバート・アダムが設計した貴族の美しい邸宅が英国各地に残っている。その中でもとくに優れた作品を美しい写真で紹介した,読み物としても楽しく,旅行ガイドとしても役に立つお奨め本。この本を参考にして訪れたBath近郊のボーウッド・ハウスは素晴らしかった。


■「英国カントリーサイド 庭の美しいB&Bに泊まる旅」

土井ゆう子 文/二宮英兒 写真(NHK出版)¥1,700
 「ロンドンから2〜3時間で行ける風光明媚なカントリーサイドにあって、個性的な美庭やインテリアで知られる32の宿を厳選」というだけあって,写真を見ているだけでも楽しい。English Gardenが好きな人にはこたえられないだろう。ただし,ロンドンから便利なところに限っているのがちょっと残念。



■「河童が覗いたヨーロッパ」

妹尾河童 著(新潮文庫)¥590
 若いときの河童氏のスケッチと手書きの字が何とも味があっておもしろい。あくまでも「ヨーロッパ」であって,「イギリス」ではないので,ロンドンはちょっと出てくるだけだが,すべて一見の価値がある。


■「ヨーロッパぶらりぶらり」

山下 清 著(ちくま文庫)¥534
 これも「裸の大将」のスケッチがいい。二階バス,ロンドン塔の番兵,タワーブリッジの細かくて味のある絵は独特のものだ。



■「ロマンティックな旅へ イギリス編」

松本侑子 著(幻冬舎)¥2,000
 これは,英文学の名作15品について,その舞台を訪ねる旅である。英文学が好きな人には興味深い企画だろう。とっぱじめは,予想通り絶大な人気を誇る「ピーターラビット」の湖水地方(本の売上増をはかるためには仕方ないか?)。写真が多く,一般人向けの柔らかい文章なのでどこからでも気楽に読める。



■「英国ウェールズ 小さな町と田舎を歩く」

(集英社)¥1,500
 イングランド,スコットランド,ウェールズの中で,日本人に一番なじみの薄い地方がウェールズであろう。これには,ロンドンからのアクセスが不便であるという交通事情や,ウェールズの首都カーディフが,ロンドンやエディンバラといった大観光都市に比べて知名度が低いということが関係しているかもしれない。しかし,カーディフ,カーナヴォン,コンウィといった街を除けば,日本の普通のガイドブックにはあまり載っていないエリアであるからこそ,知られざるウェールズの町や田舎を訪れる人は,未踏の宝物の山に足を踏み入れるような感動を覚えるだろう。この本は,ウェールズの雄大な自然,小さくても個性溢れる町,一度は泊まってみたいホテル・B&Bを美しい写真で紹介した大判の本で,ウェールズの素晴らしさの一端をトータルに紹介する画期的なガイドブックである。



■「ロンドン(望遠郷4)」

(同朋舎出版)¥3,204
 今ではすっかりポピュラーになった仏ガリマール社のガイドブックの日本語版。「見て・読んで・旅をする画期的なガイドブック」という宣伝からわかるように,「実用」よりは「教養」にウェイトを置いたガイドブックである。「自然」,「歴史と言語」,「生活様式」,「建築」…と続くが,すべての章で「歴史」が重視されている。この本全体がひとつのミュージアムのようである。


■「ヨーロッパ古城の旅」

井上宗和 著(みき書房)¥2,800
 「世界の城」を最も多く見た男がヨーロッパ全土にある多くの城の中から73の名城を厳選したヨーロッパ城紀行の決定版(宣伝によれば)。氏の肩書は城郭研究家(職業としては成り立たないそうだ)にして写真家であるので,写真の美しさは素晴らしく,アマチュア写真家が趣味的に撮った写真とは一線を画している。これを見ているだけでも旅情を誘われる。さて,73の城のうち,英国であげられている城は,著者の表記をそのまま使えば,カナボン城,ロンドン塔城砦,ウィンザー城,ボーダム城,アランデール城,バンブロー城,エジンバラ城,バルモラル城,ウルクハート城,コーダー城の10城である。スコットランドの城がエジンバラ城以下4つもあげられているのが注目される。スコットランドの苦難の歴史が名城を生み出したのだろうか。逆にリーズ城のようなイングランドの有名城が取り上げられていないのが,この著者ならではの選択か。誰もが城巡りをしてみたくなる本。



■「Village Walks in Britain」

AA Publishing, £22.99.
 AAの取材能力,編集能力の高さを実証している分厚いハードカバーのカラー大型"Village"ガイド。英国中の魅力あるVillageの歴史,見どころ,歩き方等の情報が満載されている。見やすく,詳しく,有用なすばらしいガイドブックである。私たちも随分お世話になった。大きくて携帯に向かないのが唯一の欠点。



■「AA EXPLORE SERIES」

・EXPLORE THE WEST COUNTRY
・EXPLORE SOUTHERN ENGLAND
・EXPLORE NORTHERN ENGLAND
・EXPLORE THE HEART OF ENGLAND
・EXPLORE WALES AND THE BORDERS
・EXPLORE SCOTLAND

AA Publishing, 各£8.99.

 ブリテン島を6つの地域に分け,その史跡,自然,ガーデン,保存鉄道などの見どころをカラー写真と文章で紹介したAAのガイドブック。最初はバース近郊が含まれている"EXPLORE THE WEST COUNTRY"だけを買ったが,取り上げられている場所が個性的で,写真が大きくきれいで,解説も簡潔にして要を得ているのが気に入り,残りの5冊も順次購入した。網羅的なガイドブックではないので,編集者の好みが取り上げる場所の取捨選択に反映されているのがおもしろい。ちなみに「ロンドン」は"EXPLORE SOUTHERN ENGLAND"の中で,"Hampton Court","Ham House","Chiswick House","Kensington Palace","Tower of London","Osterley Park"の6箇所が取り上げられている。バース近郊は,"EXPLORE THE WEST COUNTRY"の中で,"Dyrham Park","Castle Combe","Bowood","Avebury","Lacock Abbey","Chisenbury Priory","Nunney","Longleat"といったところが取り上げられており,いずれにせよ月並みではないセレクションのガイドブックだ。



■「HUDSON'S HISTORIC HOUSES AND GARDENS」

Norman Hudson & Company, £6.95.
 表紙に"The official reference guide as used in English Tourist Information Centres"とあるように,これは英国中の歴史的建造物と庭についての情報を網羅し,英国ツーリスト・インフォメーション・センターの公式ガイドとしても使われている権威あるガイドブックである。毎年新しい版が出版され,内容も更新されるため,オールカラーの大部な本でありながら価格も安く抑えられている。ナショナル・トラストやイングリッシュ・ヘリテージが管理している城や邸宅の歴史を調べたいとき,行きたいところがあるが開いている日や時間が分からないとき,駐車場やレストランの有無,結婚式ができる城など,これ一冊でどんなことでも分かる。有名な城や邸宅に住んでいるファミリーの紹介も結構面白い。今の英国貴族は,本やパンフレットで自分たちを積極的に宣伝して,どんどん一般人に来てもらわないと先祖の財産を維持できないということだろう。貴族の方々も大変だ!